- 2014.11.19
- 書評
どんでん返しの魔術師、007を描く
文:吉野 仁 (文芸評論家)
『007 白紙委任状』 (ジェフリー・ディーヴァー 著/池田真紀子 訳)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
これぞ、史上最強の組み合わせだ。主人公はジェームズ・ボンド、物語の作り手はジェフリー・ディーヴァー。世界的な人気を誇る者同士が、がっちりとタッグを組んだのである。
ジェームズ・ボンドに関して、もはや詳しい説明は不要だろう。巨匠イアン・フレミングが創造した英国情報部員、暗号名007。ボンドを主人公としたシリーズは、半世紀以上にわたって小説、映画ともに大ヒットを飛ばし続けている。
原作小説がはじめて世に出たのは、一九五三年のこと。第一作『カジノ・ロワイヤル』だ。以来、イアン・フレミングは、年一作、ボンド・シリーズを発表していった。
その人気が世界的に高まったのは、ショーン・コネリー主演の映画シリーズが話題を呼ぶようになってからだろう。とりわけ第二作「ロシアより愛をこめて」(一九六三年公開、原作は『ロシアから愛をこめて』)の大ヒットが人気を決定づけた。その後、次々とボンド映画は公開され、原作の小説も各国でベストセラーとなった。さらには、ボンドに続けとばかり、多くのヒーロー・スパイを主人公とした小説が書かれ、映画やテレビドラマが作られていった。ミステリーの歴史において、一九六〇年代はスパイものの時代だったのだ。
しかしながら、作者のフレミングは一九六四年、五十六歳の若さで亡くなってしまった。ちょうど『黄金の銃を持つ男』を校正中に心臓麻痺で死亡。あとに残ったのは、長編が十二作、短編集が二作の十四冊のみである。そのため映画のシリーズは、のちに題名だけを借り、オリジナル脚本によって作られることも増えていった。さらに、時代とともにボンド役の俳優をはじめ、細かい設定やさまざまな内容も変わっていった。それでも、いまだに新作が製作され、公開とともに世界中で話題となり、絶大な人気を博している。これほどまでに小説と映画が世界観を共有し、よりイメージやスケールを広げつつ、時代に適した新作が求められるケースはきわめて珍しいことだ。匹敵するのは、コナン・ドイルによるシャーロック・ホームズ・シリーズくらいではないだろうか。
フレミング亡きあと、小説版においても新たなボンドの物語を求める声は絶えなかったのだろう。これまでバート・マーカム(キングスレー・エイミス)、ジョン・ガードナー、レイモンド・ベンソン、セバスチャン・フォークスと、錚々たる作家がイアン・フレミング財団公認のボンド・シリーズとして、新作を手がけてきた。
それでも本家本元のシリーズを超えるまでのヒット作は出ていない。実際、フレミングの後を継いで書かれた、これらの小説版が映画化されることはなかった。もちろん有名なキャラクターが登場すれば、それだけで面白い作品が出来上がるというほど甘くはない。設定だけ置き換え、スタイルを真似ただけの、下手なパロディで終わるのがオチだ。その魅力を最大限に引き出すことのできる創作力が必要なのである。
そこで、ジェフリー・ディーヴァーの登場だ。『ボーン・コレクター』にはじまるリンカーン・ライム・シリーズで世界的なベストセラーを連発しているアメリカ人作家に声がかかったのだ。なによりディーヴァーは、英国推理作家協会賞(CWA賞)による二〇〇四年のイアン・フレミング・スチール・ダガー賞を『獣たちの庭園』で受賞している。まさにフレミングの正統な後継者といっても過言ではない。
では、「どんでん返しの魔術師」との異名をもつジェフリー・ディーヴァーは、この『白紙委任状』で、いかなる新生ジェームズ・ボンドを創りあげたのか。
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