書評

どんでん返しの魔術師、007を描く

文: 吉野 仁 (文芸評論家)

『007 白紙委任状』 (ジェフリー・ディーヴァー 著/池田真紀子 訳)

 当然のことながら、美食、車、銃器などに対するこだわりもしっかりと受け継がれている一方で、フレミングのオリジナルでは愛煙家だったボンドが、本作ではまったくたばこを吸わないなど、新旧のさまざまな違いを見つけるのも一興である。

 なによりジェフリー・ディーヴァーの愛読者ならば、意外な展開や驚くべき逆転劇などがどのような形で発揮されるか、楽しみに読んでいくことだろう。それが待ち受けていると分かっていてもなお騙されるうえ、あとになって、しっかりと物語の中に手掛かりが埋め込まれていることまで明かされたり、二度三度のひねりがあったりするのだ。ああ、してやられた! と悔しがりつつ興奮するというディーヴァー作品ならではの悦びが、ここにある。

 加えて、インシデント20と謎の敵にまつわるアクロバティックな展開はもちろんのこと、今回、本家のイアン・フレミングの小説版をもとにしたジェームズ・ボンド自身にまつわる意外なエピソードまで取り込まれている。ボンドの生い立ちに関しては、フレミングの原作のなか、日本を舞台にしたことで知られる『007は二度死ぬ』の21章「死亡記事」で詳しく紹介されている。「ジェイムズ・ボンドはスコットランド人の父、グレンコーのアンドリュー・ボンドと、スイス人の母、ヴォー州出身のモニク・ドラクロワの間に生まれた。父親はヴィッカーズ兵器会社の海外派遣員で、彼がフランス語とドイツ語にかけて一流であったというのは、初等教育をすべて海外で受けたおかげである。彼が十一歳のとき、両親がシャモニーの上のルージュ峰で登山事故で死亡」。なんとディーヴァーはこのエピソードをもとにしたボンド家の意外な真実に迫っているのだ。

 最後の最後まで、練りに練られたアイデアが埋め込まれ、思いもよらない意外な展開が待ち受けている本作。ディーヴァーのボンドは、まさに鬼に金棒である。

 いまのところ映画化の話はないようだが、あるインタビューでジェフリー・ディーヴァーは、ボンド役にふさわしい俳優として、ガイ・ピアースの名を挙げていた。できれば実現してほしいものだ。

 さて、ディーヴァーによる『007』は、残念ながら、この『白紙委任状』のみ。できれば続編を希望したい。ちなみにフレミング財団公認の新作ボンド・シリーズは、ここのところ一作ごとに作者を交代しており、ディーヴァーのあとは、『グッドマン・イン・アフリカ』、や『震えるスパイ』などの著作で知られる作家、ウィリアム・ボイドが担当し、二〇一三年にSoloという題名で刊行されている。

 そして、ディーヴァー・ファンはご存知のとおり、代表作であるリンカーン・ライム・シリーズ第十作『ゴースト・スナイパー』が今年(二〇一四年)十月に邦訳されたばかりだ。すでに、第十一作The Skin Collectorが発表されている。そのほか、シリーズ外の単発作や短編集など、これから邦訳される作品がまだまだ控えており、楽しみでならない。

007 白紙委任状 上
ジェフリー・ディーヴァー・著/池田真紀子・訳

定価:本体690円+税 発売日:2014年11月07日

詳しい内容はこちら

007 白紙委任状 下
ジェフリー・ディーヴァー・著/池田真紀子・訳

定価:本体690円+税 発売日:2014年11月07日

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