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ろう者の世界を「通訳」してくれている爽やかな距離感と愛に溢れたミステリー

ろう者の世界を「通訳」してくれている爽やかな距離感と愛に溢れたミステリー

文:三宮 麻由子 (エッセイスト)

『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』 (丸山正樹 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 筆者は全盲の視覚障害当事者(シーンレスという造語で呼んでいる)である。中学進学のとき、特殊学校(盲学校)でなく一般校で近所の友達と一緒に学びたいと思った。筆者自身が声を出すことはもちろん必要だったが、子供である筆者を代弁し、サポートがあればできること、サポートがあってもできないことを健常者の側から的確な言葉で説明し、違いを受け入れてさえくれればこの子は「普通の子」としてやっていけますと堂々と主張してくれる健常者の大人たちがはたした役割は大きかった。両親はもとより、盲学校の担任の先生や進路指導の先生、受け入れ先の学校でおそらく私の入学に反対したであろうPTAや職員と戦ってくれた教頭先生。そうした人たちが、統合教育がまだ認められていなかった時代、筆者を一般校受験まであと一歩のところまで引っ張ってくれた。

 残念ながら悲願は叶わず、統合教育を受ける夢は、米国留学で一般のハイスクールに入るという形で実現した。このときも、留学先を力を合わせて探してくれる「私に近い健常者」たちがいた。

 彼らの発言は、健常者の側から健常者の言葉で語られる。受け止める健常者も同じ立場で聞くことができる。当事者が力いっぱい発言するよりも、このような人たちがときとして効果的に事態を進展させてくれる。点訳ボランティアのように何かを実際に「してくれる」人に限らない。普段は喧嘩もするような友達でもいいのだ。ただ、いざ事が起こったとき、「そっちの言い分も分かるけど、こっちにはこういう事情があるんだ、分かってやってくれよ」と正確な言葉で交渉相手に言ってくれる人が「私に近い健常者」なのである。

 尚人は手話ができる健常者というだけで家族に頼られることを嫌うが、半ば無意識にその役割を受け入れてもいる。作品は、彼が単に家族に頼られているのみならず、当事者と無関係に動く社会の一員でもあるという二つの実態を無理なく共存させている。そのため、助けを必要とする当事者として読んでも、美化や誇張の印象がほぼ皆無なのである。

 障害から離れ、筆者にとって強く共感できた主題は、異なった二つの世界の「架け橋になる」というテーマだ。実生活のなかではいつも障害を意識しているわけではなく、むしろ普通の人間として行動するほうがずっと多い。だから筆者には、日々の仕事である翻訳と直結している「架け橋」のテーマのほうが近しく思えた。

 第二の事件で手話通訳をしたとき、尚人は容疑者が黙秘権という概念を理解できていないことに気付き、それを法廷で裁判官たちに伝える。その場面を見て、彼に全幅の信頼をおく人物が現れる。黙秘権が理解できないことが分かった時点で、尚人は容疑者とコミュニケートできていたから、というのが根拠だった。

 尚人は、通訳として中立であろうとする。容疑者が自分と身近な「ろう者」だからといって感情的に味方することはない。

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文春文庫
デフ・ヴォイス
法廷の手話通訳士
丸山正樹

定価:770円(税込)発売日:2015年08月04日

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