- 2015.11.29
- 書評
「歴史を知らない指導者は危険です」。池上彰がイスラム国の起源から説き明かす。
文:池上 彰 (ジャーナリスト・東京工業大学教授)
『学校では教えない「社会人のための現代史」 池上彰教授の東工大講義 国際篇』 (池上彰 著)
湾岸戦争のときには、数多くの国が多国籍軍に結集しましたが、イラク攻撃では、ほぼ米英軍だけの攻撃になりました。他国は、アメリカの乱暴なやり方に批判的だったからです。
この攻撃でフセイン政権は崩壊しました。しかしアメリカは、戦後処理につまずきます。バース党員を全員、公職から追放してしまったからです。
イラクは、バース党(アラブ復興党)の一党独裁でした。イラクで出世するにはバース党員でなければなりませんし、優秀な人物は、バース党にリクルートされていたのです。自分から志願してバース党員になった人間は、ほとんどいなかったのです。
そんなことは知らないブッシュ政権は、バース党員全員を公職から追放しました。その結果、警察と軍は一瞬にして消滅してしまいました。警察官も軍の将校たちも、バース党員だったからです。
学校の先生も、役所の公務員たちも、バース党員でした。アメリカのブッシュ政権は、見事に(!?)イラクという国家全体を破壊したのです。
治安組織が崩壊したイラク国内では、イスラム教のスンニ派とシーア派が対立。内戦状態の様相を呈します。この内戦の中から、スンニ派過激組織が生まれます。これが、「イスラム国」の前身の組織です。この組織は、やがて名称を「イラクのイスラム国」と名乗ります。
一方、中東アフリカでは2010年から「アラブの春」と呼ばれる民主化運動が始まり、シリアのアサド独裁政権に反対するデモが発生すると、アサド政権は、反対派を容赦なく弾圧。遂に内戦に発展します。
これを見た「イラクのイスラム国」は、組織名を「イラクとシリアのイスラム国」と改称。シリアに入っていきます。シリア国内では、アサド政権と戦うよりは、むしろ反政府勢力を襲撃。資金や武器を手に入れて、イラクに戻ってきました。
これに驚いたイラク政府軍は、恐れをなして逃げ出し、「イラクとシリアのイスラム国」は、支配地域を飛躍的に拡大。遂には名称を単に「イスラム国」と名乗るようになりました。
「イスラム国」は、支配地域の面積ではイギリス並みとなり、人口は800万人にも上っています。
こうした領土と人口を支える官僚組織は、かつてフセイン大統領の下で働いていた官僚たちです。統治能力に優れ、過激な「イスラム国」を支えています。
歴史に「もしも」はありませんが、もしブッシュ大統領(息子のブッシュ)がイラクを攻撃しなかったなら、もしバース党員を追放しなかったなら、「イスラム国」は生まれなかった可能性が高いのです。
ブッシュ大統領は、イラク攻撃の前、「日本もドイツも、アメリカと戦争をしたが、アメリカによって敗れた結果、民主主義国に生まれ変わった。だからイラクも民主化することができる」と発言していました。歴史を知らない、あまりに乱暴な論理でした。歴史を知らない指導者は、危険極まりない存在であることを示したのです。
東工大の講義の三部作は、こうしてすべて文庫化されました。前の二作と共に読んでいただければ幸いです。
2015年9月
(「文庫版あとがき」より)
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