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数学を学ぶ2つの秘訣

数学を学ぶ2つの秘訣

文:柳谷 晃 (数学者)

『数学はなぜ生まれたのか?』 (柳谷晃 著)

出典 : #文春新書
ジャンル : #ノンフィクション

 数学の教科書に何が扱われていたか、覚えている人は少ないでしょう。あまりいい思い出もないでしょうから、覚えていたくないかもしれません。あまり好かれない数学も、実はいたる所で使われています。

 そんなことはないよ、とおっしゃる人もいるでしょうね。毎日、数学など使わないで生きている。そう考えても無理はありません。目の前に現れていませんから。数学を毎日使っているということを意識できる人は、良い目と耳を持っている人です。見えないものを見て、聞こえないことを聞く力があるからです。

 毎日、便利に使える電子レンジも、電磁波を発生するための理論を記述するのは数学です。天気予報に使う大気の状態を記述したり、統計処理をするのも数学の力です。身近なものに使われていますが、使われているところが、かなり深く難しいので、だれも見えないし、聞こえません。電子レンジはチンという音だけです。電磁波は聞こえません。

 現代は数学が身近なところにない世界になりました。それだけ、難しい使い方をしているということです。使う数学自体も難しくなりました。ですから、今の世界だけを見ていると数学がなぜ必要なのかを実感できません。

 では、数学がなぜ必要なのかをわかりたければどうすればよいでしょうか。それは、古代の人の苦労を考えるのが最も良い方法です。作物を作るためには、絶対に必要なのがピタゴラスの定理です。そんなことはないよ。種を蒔く時期は作物によって決まっている。そう考えなしの現代人は答えるでしょうね。それは今に生きていて、いつでもカレンダーを見ることができるからです。古代社会で農耕が中心になると、大切なのは種を蒔く時期です。数もそれほど多くまで数えられないのに、今日は何月の何日かなどと、わかる人はいません。

数学は生活に直結していた

 では、それがわかる人はどこにいるのでしょうか。王様か王様の側にいます。この人が、そろそろ、洪水が来てそれが引けば、土地が豊かになっていて種を蒔く時期だとわかります。洪水が起こる川はナイル川であったり、黄河だったりするわけです。この地位の高い人を仮に宰相と呼んでおきましょう。

 宰相は魔法で、洪水の時期がわかるのでしょうか。魔法は効くときと効かないときがあります。当てになりません。では当てになるのは何でしょう。季節を知ることです。ならば、太陽の位置です。春分点や秋分点がわかる必要があります。そのためには、地面に垂直な棒が作る影の長さを使います。垂直に棒を立てる。このときピタゴラスの定理が必要です。辺の長さが、3:4:5の直角三角形が必要になるのです。ということは、ピタゴラスが生まれるずっと以前から、ピタゴラスの定理を知っていた人たちがいたことになります。

 このように、数学は社会の要請に応えて生まれました。当たり前に使っている数字さえ最初からあるわけではありません。教科書に載っている三角比、2次方程式、微分積分などが、なぜ必要だったのか。それらがどのように生まれてきたのかを、解き明かそうとしたのが本書です。

 古代の人は生活と言うより命、生きていくことに、数学が直結しています。そして、それは現代社会でも変りません。ですから、数学は今でも存在しています。人間の生活が進歩すると同時に数学も発展してきました。数学が難しくなると、大切なのに、だれもその重要性を理解しなくなります。古代の人も、多くの人は春分の日がわかって種を蒔く時期を決める人を魔法を使っていると思ったでしょう。古代人は恐れると同時に尊敬をしたはずです。

 教科書の中に出てくる、簡単に見えることでも、昔の人の生活に結びついて、多くの人の工夫でできあがったことです。なぜその定理が数学にあるのかを、考えれば、習うことに対して素直になり、作ってくれた多くの人に対して感謝の心を持ちます。素直になれば繰り返し練習をし、感謝があれば大切にします。この2つを忘れると、数学は使えるようになりません。この本から、「素直」さと「感謝」の大切さが伝わればと考えています。現代は多くの難しい理論を使って人の生活が成立しています。古代の人が苦労をして垂直な棒を立てることを尊敬しません。ばかばかしく思えるでしょう。しかし、自分がそれをできますか。便利な物を作り続けて人間は大切な能力を忘れてきました。そこに科学に対する過信が生まれ、使いこなせない物を使えると思い込みます。素直さと感謝は、その危険性を思い出させる大切な役割もあります。

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