書評

麻雀とハニャコさん

文: 白幡 光明 (元編集者)

『後妻業』 (黒川博行 著)

 内縁の妻を主張する小夜子は、耕造の生前に法的な拘束力を持つ公正証書遺言を書かせていた。葬儀が終わったところで、耕造の遺族である二人の娘はその公正証書を見せられて仰天し、弁護士に相談する。

 興信所の探偵、本多の登場によって、遺産相続の話は一気に事件の色を濃くしていく。弁護士の依頼により、本多は、元大阪府警マル暴担当刑事の経験と伝(つて)を利用して小夜子と柏木の過去を調べ上げる。小夜子の周囲では九年間で耕造も含めて四人が不審な死に方をしていた。

 そこに金の匂いをかぎつけた本多。愛する女のために、まとまった金がほしかった。つかんだ事実を元に、小夜子と柏木から金を引き出そうとする。一円も出したくない二人、一円でも多く取りたい本多。欲にかられた人間たちの虚虚実実の駆け引き。金が動き、銃声が響き、血が流れる。黒川ワールドが一気に炸裂する。

 人物造形の巧みさは黒川作品に共通する。中でも物語を牽引していく本多の造形が成功の鍵となった。むろん、これまで同様、麻雀はもとより、車や食べ物等に関する具体的な情報がさりげなくちりばめられ、物語に奥行きを与えている。

 黒川=麻雀というイメージで捉えられがちだが、実は極めて多趣味で、将棋はアマチュアの有段クラス、料理はもちろん、動植物にも詳しい。かつてはカエルを数種類、百匹ほど飼育していたこともある。金魚とめだかとサワガニは今も育てている。羽曳野丘陵はタヌキの生息地として知られており、庭に餌を置いて、そのタヌキすら手懐(てなず)けているのである。家の中では、『疫病神』シリーズに登場し、すっかり有名になった十歳になるオカメインコのマキちゃんが「ピッピキピー」と飛び回っている。羽曳野にお邪魔すると、時々筆者の頭の上にマキちゃんが爪を立てるようにして止まる。動物は好きなほうだが、その度に貴重な髪の毛をわしづかみにして持っていかれそうで、気が気でない。

 話がそれてしまった。黒川さんはいつもチノパンで、夏場はアロハシャツ、冬はTシャツにセーター姿で、髭面に葉巻をくわえている。百八十センチの堂々たる体躯に鋭い目付き。その姿で街を歩くと、どんなに混んでいても、彼の前に道ができる。しかし、強面の外見とは違い、その作品は細部まで周到緻密に計算されているのである。

 そして特筆すべきは、人間に対する限りない愛情が物語の底流になっていることである。

「人を憎いと思ったことはあんまりない。むしろ、こいつはアホやなと、笑ってしまうことが多いな」という視点から描かれた人物たちは、それ故に、どんな悪人でも哀切と愛嬌を併せ持っているのである。「面白うてやがて哀しき」は、黒川作品のキーワードである。

『後妻業』は黒川ワールドの集大成と言っても過言ではない。人間の業の深さ、大阪弁の面白さ、疾走感を存分に味わっていただきたい。

後妻業黒川博行

定価:本体740円+税発売日:2016年06月10日


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