まさか30歳近くになって、大学のゼミに定期的に通うことになるとは! 4年前の春、「文藝春秋」編集部に異動して最初に言い渡された仕事は、「毎週月曜日の2時間目、お茶の水女子大学の藤原正彦ゼミに出席すること」。もう少し正確には、ゼミに出席してテープレコーダーを回し、誌面でそのゼミを再現すること、でした。
数学科の教授である藤原正彦先生が担当する「読書ゼミ」といえば、学内ではだいぶ前から有名でしたが、その名物ゼミも、藤原先生の定年退官により2008年度が最後となりました。そのラストイヤーに滑り込んでできたのが、この『名著講義』です。
学生の受講条件はたった2つ。
1.受講者は毎週1冊の文庫を読む根性があること
2.受講者は毎週1冊の文庫を買う財力があること
毎年受講希望者は多く、初回の教室には志望後のコンピュータ抽選で選ばれた、学部も専攻もバラバラの女子学生たち(ほぼみんな18歳!)20人が顔を揃えていました。3か月のゼミで出された課題図書は、『武士道』(新渡戸稲造)、『余は如何にして基督信徒となりし乎』(内村鑑三)、『学問のすゝめ』(福沢諭吉)、『新版きけ わだつみのこえ』(日本戦没学生記念会編)、『逝きし世の面影』(渡辺京二)、『武家の女性』(山川菊栄)、『代表的日本人』(内村鑑三)、『山びこ学校』(無着成恭編)、『忘れられた日本人』(宮本常一)、『東京に暮す』(キャサリン・サンソム)、『福翁自伝』(福沢諭吉)の11冊。自分が何冊完読しているのかと聞かれると、下を向くしかありません……。
指定された本を1週間で読了し(分厚い『逝きし世の面影』は一部のみ)レポートを提出するのが、このゼミの課題です。次回の1冊が発表されるのは前回のゼミの最後なので、事前に読み溜めておくことはできません。これは、噂に違わぬハードさ!
ゼミが始まる前の教室は、10代の学生のおしゃべりで満たされています。
「今回の本、全然わからなかった!」
「サークルが忙しくて……」
「試験勉強で読書どころじゃない」
ああやっぱり、大学で見る光景は、10年前から変わっていないんだなあ、わたしのそんなちょっとした安心感は、ゼミが始まった途端に打ち砕かれました。さっきまで愚痴っていた学生たちが、藤原先生の言葉に導かれるように生き生きと目を輝かせて発言を始めるのです。これぞ、藤原マジック。自由でのびやかな議論を交わしながらも、話題はその本から読みとってほしい核心へと徐々に近づいていきます。
名著講義
発売日:2012年10月19日