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公開対談<br />島田雅彦×桜木紫乃<br />小説の中の男と女

公開対談
島田雅彦×桜木紫乃
小説の中の男と女

第150回記念芥川賞&直木賞FESTIVAL(オール讀物 2014年5月号より)

出典 : #オール讀物
ジャンル : #小説 ,#エンタメ・ミステリ

島田雅彦しまだまさひこ 1961年、東京都生まれ。83年、大学在学中に『優しいサヨクのための嬉遊曲』でデビュー。03年より法政大学国際文化学部教授。

「侘しさ」と「エロス」

島田 私は地方都市に住んだことはないですけど、しばしば東北とか北海道とか、わび・さびの似合う町に出かけます。多くの作品が北海道の何とも鄙びた町を舞台にしていて、受賞作もラブホテルが舞台だからどれだけ華やかかと思いきや、ラブホテルの廃墟だもんね。

桜木 そうです。

島田 その独特の侘しさというものがほんとに心に沁みて。侘しさとエロスが結びつくと、なんか相乗効果だね。だいたい、ああいう男女の睦み事というのはどこかにテレが入るし、笑わずにそれをやるのはなかなか難しい。

桜木 はい。

島田 だからここに何か別の要素、耐えるとか、追い詰められているとか、止むに止まれぬとか、そういうものが加わるとムラムラっと来ますよね。

桜木 ムラムラっと来ますか(笑)。現実はもっとあっけらかんとしたものだとは思いますが、そういうやましさが物語を運んでくれるときがあります。書いてるほうは限りなく官能からは遠い人間なんですが(笑)。

島田 いや、そうとは思えないですね。「雪虫」は、枯れ草とかが置いてあるところで男女がするでしょ。

桜木 します(笑)。

島田 その行為に夢中になり、当事者としてやっているか、あるいはそれをやや引いて観察しながら一部始終をあられもなく書いていくか、このスタンスの違いというのははっきり分かれますね。官能的な場面を書く物書きは、わりと卑近のほうに立っていて、忘我状態で行為に熱中する側にはいないという気はしますが。

桜木 私もそんな気がします。

島田 その道のプロといえばAV監督やAV男優を思い浮かべますが、実際に話を伺うと、彼らも一応観察しながら、官能の喜びの極致に向かう男女を写し撮る、あるいはその官能に導いてやるのが仕事だと思いきや、わりと女子の官能に伴っていくというか、彼女たちの快感にスーッと寄り添っていってやるというんですね。

桜木 今、いいきっかけをいただきましたので、飛び道具を1つ。さっき、なぜ俳優云々と話していたかというと、実はこういうものを持って来たんです。島田雅彦主演映画のDVD『東京の嘘』(笑)。

島田 どうしてそんなのを持っているんですか。

桜木 丸腰じゃ来れないですもん、こんなところ。二枚目の顔に慣れておこうと思って、2日前、家でずっと流しながら仕事をしてました。

島田 2次元の方ですか?

桜木 いえいえ。で、最初の台詞が奥さん役の女優に「セックスしたいの」っていう台詞なんですよ。

島田 すごくシンプルな台詞でしょ。これは難しかった。ものすごく明るくポジティブに「セックスしたいのっ!」なんて言おうかとも思ったけど(笑)、それだとダメ出しされるだろうし、いかにもつまんなそうに言うのがいいのか、あるいは……。

桜木 切実に言うのか……(笑)。大学教授の役で出演されてますよね。教え子に手を出して、奥さんとはうまくいってなくて、大学で精神分析をしていて、プレーにそれを活かすという。どうですか、主演映画というのは。

島田 だいぶ違和感はありましたけどね。一般的な常識では、大学教授にあるまじき振る舞いをしているので。

桜木 なぜこのDVDを買ったかといいますと、私は映画のメーキングを見るのが好きなんです。それを見ていたら、「普段は女性を凝視することがない。なので、ずっと女優さんを見つめられて楽しかったです」というコメントをされていました。

島田 日常生活でそれをやると、警察沙汰になるでしょうから。一応、仕事でできるというのは役得ですね。

桜木 はい(笑)。

島田 実は映画デビューは結構前で、村上龍の『トパーズ』でした。日本ではあんまり話題にならなかったんですけど、ヨーロッパで『東京デカダンス』というタイトルで公開したら、なんかすごい受けちゃった。とくにイタリアでね。たまたまベネチアに行ったときに、大学でちょっとレクチャーをすることになったんですが、その週の初めくらいに、当時はまだVHSビデオでしたが、付録にした映画雑誌が発売されていて、その付録が『東京デカダンス』だった。ベネチアの学生はみんなそれを見てて、そこに出演している私が講義をしたもんだから「島田さんは小説も書くんですか」と言われて(笑)。イタリアでは、変態の役をやる俳優として認知されてしまったんです。

桜木 『トパーズ』は冒頭でいきなり倒錯の世界をさまよう島田さんのアップでした。『東京の嘘』でも、かるーく変態でしたよね。

島田 火災現場で秋刀魚を食べるとかね(笑)。

桜木 そうです。火災現場で、まだ焦げ臭い中で料理をして、それを食べるという大学教授の役でした。メーキングで監督の「ほとんど素でやってるんじゃないかと思います」っていうコメントがありました(笑)。

島田 演技がうまい人っているじゃないですか。こういう人はあんまり主役をやらないでしょう。手練れのバイプレーヤーという形で映画を側面から支える。一方、主役をやる人はわりと演技をしないというか、ただそこにいるという感じがしますね。過剰に演技しちゃいけないんですよ、俳優は。だから悲しいときにエンエン泣くとか、嬉しいときに飛び跳ねるみたいなことをやってると、だいたい2時間ドラマの専属になっちゃうんです。偉そうなこと言ってますけど。

桜木 見たいですけどね、2時間ドラマの島田さん。

島田 初期の短編で単行本の表題作にもなった「氷平線」。あれ、僕は大好きなんです。かなり人間関係はえぐいんですけども。

桜木 はい、相当えぐいです。

島田 家で暴力をふるう漁師を親にもつ息子が大学に入りたくて、「東大だったら行かしてやる」と言われたから、猛勉強して東大に入っちゃって。その後、財務省入りして税務署長として戻ってくると、若い頃に関係を持った、小屋に住んでて密かに春をひさいでいる女と再会する。素晴らしいね。ぜひ2時間ドラマにしたものを見たい。

桜木 関係者の方がいらっしゃいましたら、よろしくお願いします(笑)。

島田 ネタばれさせると悪いから、あまりラストは言えないけど、この2人が結局、追い詰められる。ちょっと近松的になるんですが、この心中の仕方がね、考えられるかぎりもっとも悲惨。

桜木 褒め言葉ですよね。

島田 そうですよ。この心中もぜひ映像化したら見たいですね。実は北海道に行ったときに、私もそんなことを考えたことがあるんですよ。

【次ページ】男性と女性の性描写の違い

オール讀物 5月号

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