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正真正銘、求道者の物語

正真正銘、求道者の物語

文:万城目 学 (作家)

『武士道セブンティーン』 (誉田哲也 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #小説

 同じ剣道を扱った小説を書いたこともあり、前作『武士道シックスティーン』を読んだところ、これがたいへんおもしろく、「おもしろかったッス、おもしろかったッス」とあちこちで言っていたら、続編『武士道セブンティーン』の書評を書くという大役を授かってしまった。どうしよう。書評なんてこれまで書いたことないのに。

 もう少し小声で、自分にだけ聞こえる音量でささやいておけばよかった、と今さら思ったところで、ときすでに遅し。いつの間にか、家にはできたてほやほやの『武士道セブンティーン』が届いていた。ああ、こいつは責任重大だ、とぎゅうと身が引き締まる思いなれど、一方であのすばらしい物語を紡いだ二人に会いたい、という欲求が抑えきれない。矢も盾もたまらず、ページをめくる私。すぐさま、あの懐かしく、心地よい空気が蘇ってきた。気づいたとき、前作からおよそ一年ぶりの再会にもかかわらず、磯山香織嬢と西荻早苗嬢(今作では甲本姓)が躍動する新たな物語の世界に、いとも容易(たやす)く吸いこまれていたのである。

 前作から一つ学年が上がり、高校二年生になった香織と早苗。前作同様、二人の視点でもって、物語は交互に進んでいく。これが実にテンポがよく、たのしい。このチャプターが終わったら少し休憩にしようかな、と思っていても、次のチャプターの冒頭、新たな語り手が登場すると、「もう一章読んでみようかな」とついついページをめくってしまう。

 ちなみに前作において、私はだんぜん早苗派だった。しかし、世間では香織ファンが多数派を占めていたのだという。前作をお読みになっていない方に軽く説明すると、ちょっとムッチリ、おとぼけ体質なのが早苗。一方、幼稚園の頃から剣道一直線、弾けるような俊敏さを持ち、心の師匠は宮本武蔵、昼休みは『五輪書』関連の文庫本を読み耽り、片手で鉄アレイというのが香織である。いやあ、香織はないだろ、キツいだろ、と私は思うのだが、世間様は違ったらしい。ううむ、わからない。

 前作『武士道シックスティーン』は、早苗が市民剣道大会で香織にうっかり勝ってしまう場面から始まる。そのとき、二人は中学三年生。その後、リベンジに燃える香織は、スポーツ推薦枠で声をかけてきた高校の中から、早苗の通う学校を選ぶ。かくして二人は、東松(とうしょう)学園高校女子部の剣道部員として再会することになるのだ。

 この香織と早苗、性格をたとえるならば「火」と「水」、剣道の質も「動」に対し「静」といちいちが噛み合わない。しかし、それらが少しずつ、お互いの歯車をひと回り、ふた回り大きくしながら噛み合ってくる。仲間として、ライバルとして、竹刀(しない)を交わすことによって、迷いながらも、二人は自ら進むべき道を切り拓いていく。彼女たちはそれを、「あたしたちの剣道」もしくは「武士道(研究中)」と呼ぶ。多少、世間とはズレていながらも、道を求めんとするその真摯(しんし)な姿はどこまでも美しく、こちらはどうしたってジンと来てしまう。

 今作『武士道セブンティーン』において、香織と早苗は離ればなれになる。父親の仕事の都合で、福岡に転校した早苗は、地元の強豪福岡南高校の剣道部に編入し、香織とは遠く離れた地で、新しい剣道の洗礼を受ける。スポーツ勝利至上主義に染まった部の空気に、どうしてもなじむことができない早苗。一方、神奈川に残る香織は後輩を育てる、という新たな課題に直面する。

 環境の変化、人それぞれの価値観の相違から生じる、一筋縄ではいかぬ問題を前に、二人はそれぞれの武士道に答えを求める。だが、武士道と勇ましく口にしたところで、彼女たちはまだまだセブンティーン。「とか何とか言ってるけど、自分でもイマイチよくわかんないんだよね」と正直に認識しているところが何ともかわいらしい。

 迷いつつ、涙しつつ(これは主に早苗担当)、前へ進もうとする二人。前作を含め、この小説のすばらしいところは、二人の剣道に対する姿勢が、そのまま生き様として描かれている、ということだ。竹刀の構え方、面の打ち方、防御の仕方、それらの一つ一つが、彼女たちの生き方に直結している。それはまさしく「道」を歩む者の姿だ。今作において、二人は厳しい内面の戦いを挑まれる。昔とはずいぶんイメージは異なれど、これは正真正銘、求道者の物語なのだ。

 最後に、前作においては、断固早苗派を標榜していた私だが、今作を読み終え、香織支持派が俄然(がぜん)、勢いを得て、心の支持率過半数に迫りつつあることを、正直に告白しなければならない。

 特に本書203ページにおける、香織の外見に関する告白は衝撃的だった。つい笑ってしまった拍子に、香織嬢にすっと懐に入られ、したたかに胴を抜かれた。

 前作で早苗に一本奪われ、今作で香織に一本。計二本で私は見事に敗退したわけだ。

「ありがとうございました」

 と深々と一礼し、清々(すがすが)しい気持ちとともにページを閉じた次第である。

文春文庫
武士道セブンティーン
誉田哲也

定価:847円(税込)発売日:2011年02月10日

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