- 2024.05.10
- 読書オンライン
水原一平氏の依存症は治る? 清原さんの「これからは人に依存して生きていく」という言葉の意味は? スポーツ賭博や薬物だけじゃない、いま「依存症」を知るための3冊
「本の話」編集部
「本の話」ブックガイド
〈紫式部と藤原道長は本当に恋人? 平安貴族は日頃から殴り合っていた?ーー大河ドラマ『光る君へ』がもっと面白くなる5作品〉から続く
ドジャース・大谷翔平選手の専属通訳だった水原一平氏の前代未聞の不祥事。違法のスポーツ賭博にのめり込み、大谷選手の口座資金を不正利用しての損失額が62億円まで膨れ上がっていたのだが、驚くべきはその賭けの回数だ。21年12月から24年1月までの3年で約1万9000回、1日平均25回賭けていた計算となる。
本人が開幕戦後のクラブハウスでチーム関係者に「告白」したように、彼は間違いなく「ギャンブル依存症」なのだろう。
ご承知の通り、「依存症」にはさまざまな「依存対象」がある。
水原氏の犯罪行為はもちろん許されるものではないが、人は誰でも知らないうちに、なにかの依存症になってしまう、そんな性質を持っている。
そこで今回は、「依存症」について考えるための書籍3冊を、「本の話」編集部が独自にセレクト。わかりやすい概説書、実録、小説、それぞれに「依存症」のリアルを伝えてくれるラインナップをご紹介する。
1 『あなたもきっと依存症 「快」と「不安」の病』 原田隆之(文春新書)
依存症について、正しい情報を知るには「ベスト」といっていい一冊。
著者の原田隆之さんは、臨床心理学、犯罪心理学、精神保健学を専門とする研究者。身近な事例をもとに、最新の依存症の研究と治療について紹介している。
「多くの人の依存症へのイメージは、ヘベレケになって手が震えているアルコール依存症者や、幻覚妄想状態になって意味不明のことをつぶやいたり、『ヤクをくれ!』などと叫んだりしている薬物依存症者の姿ではないだろうか」(本書より)
しかし現代の依存症者の姿は、それよりもはるかに多様であり、ハードルも低い。喫煙、アルコール、コーヒー(カフェイン)、炭水化物(糖質)、スマホゲーム、SNS,パチンコ、買い物、セックスーークスリやお酒などの物質依存型のみならず、行動に関する依存症も含めると、おそらく日本国民のうち5000万人近くが何かの「依存症」なのではないか、と著者は説明する。ここには「仕事中毒」だって含まれるのだ、という。
なぜ、ヒトは依存症になるのか?
本書は、「アルコール」「ニコチン」「薬物」「ギャンブル」「オンラインゲーム」「糖質」「性的」依存症について、章立てして詳しく説明を加えるだけでなく、依存症への治療・対策についても踏み込んで解説している。
なぜヒトは依存症になるのか。
そこには「快」の追求、という、ヒトの種の保存戦略に関わる根本的な機能の「暴走」と、「不安」を原動力に技術などを発展させてきた現代人の宿痾、といった要素が深く関わってくる。
詳細はぜひ、本書を手にとっていただきたい。
2 『薬物依存症の日々』清原和博(文春文庫)
野球界のスーパースター・清原和博さんが、覚醒剤取締法違反で逮捕され、執行猶予付きの有罪判決を受けたことは、誰もが知るところだろう。
本書は、スポーツノンフィクションの名作『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』の著者・鈴木忠平さんが清原さんにロングインタビューをしてまとめたもの。薬物依存症の苦しみや葛藤、再生への果てしなき道のりが、ありのまま描かれている。
本書の冒頭、清原さんは「執行猶予をもうちょっと延ばしてくれへんかな」と告白する。逮捕から4年、執行猶予期間を経て清原は生まれ変わったんだ、と胸を張ることができないのだ。
「だってぼく、ほとんど何も変わってないんですから」ーー。
「ぼくの新しい生き方は、薬物でなく、人に依存するということ」
薬物依存を治す薬はない、と言われたときの絶望、うつ病、死の願望、理解者の存在、家族、そして自分の原点である「甲子園」。2018年、第100回の夏の甲子園大会の決勝戦を、清原さんはスタンドで観戦し、心の充足を得るが、その直後から「燃え尽き症候群」のような状態になってしまいます.....。
「ぼくは薬物依存症とうつ病に加えて、アルコールとも戦わなくてはいけないことを知っていくんです」ーー
彼の知られざる苦闘の歩みには、無数の「教訓」がある。もう一つ、戦い続けている清原さんの言葉を紹介しよう。
「この4年であらためて『人間』という字の意味を考えました。人と人の間に生きる。今のぼくがまさにそうです。人というのはそうやってしか生きられないんだな。それが人間なんだなということに気がついたんです。
ぼくの新しい生き方は依存することです。
薬物にではなく、人に依存するということです」(同書より)
なお本書については、清原さんの主治医である松本俊彦さん(精神科医、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部長)による解説文も必読だ。依存症と環境要因についての研究や、メディアの報道を含めた薬物依存症をとりまく社会の歪み、本当に依存症から回復していくために必要なことについて、われわれが知っておくべき事柄が誠実に記されている(解説はこちらで全文公開中)。
3 『イン・ザ・プール』奥田英朗(文春文庫)
最後に、直木賞作家の名作小説をオススメしよう。
ベストセラー作家奥田英朗さんが手掛ける、総合病院の神経科医師が主人公の「伊良部シリーズ」第1作。松尾スズキ主演で映画化もされている。ちなみに直木賞受賞作となった『空中ブランコ』は本シリーズの第2作で、第3作『町長選挙』、昨年刊行の最新作『コメンテーター』と合わせて累計290万部の人気シリーズとなっている。患者たちのさまざまな「変な症状」に、輪をかけて「変」なキャラクターの伊良部医師がよくいえば自由、悪くいえばありえない“治療法”で向き合っていくというコメディ仕立てのストーリーで、中編5作が収録されている。
抱腹絶倒、なのに豊かな学びがある!
表題作では下痢や呼吸困難、内蔵の不調などを訴える患者と、とある依存症の妙なる関わりが描かれる。また、「フレンズ」では、メールを打つ回数が一日300通を超えた「ケータイ依存症」の高校生が登場。いずれも、思いもかけない伊良部の行動が、患者の変化を促していく。
他3作には依存症とは異なる症状の患者が登場するが、「病は気から」とはよくいったもの、いずれも神経科ならではの「こころ」の問題がクローズアップされた、読み応えのあるストーリーが揃っている。
抱腹絶倒なのに、豊かな学びがあるオススメの一冊だ。
イン・ザ・プール
発売日:2006年07月20日
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『李王家の縁談』林真理子・著
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