――ところで、タイトルにもある「クワイエットルーム」とは一体どんな空間なのでしょうか。
松尾 明日香の日常が、対人関係のどたばた続きだったので、そこから飛んで静かな世界に行きなさいよ、といって行ってみた。そこからまたさらなるどたばたが始まるのですが、一瞬正気に返る場所ということでしょうか。ある空間と別の空間を結ぶ隔絶された場所、出口であり入り口であるような、現実の手が及ばない空間。そこだけなんです、明日香が一人でものを考えられるのは。
――つまり、その中で彼女はようやく『クワイエットルームにようこそ』という作品を書き上げたということですね。
松尾 そうですね。
――閉鎖病棟に入っている人の入退院を決める権限は、保護者に握られているというのがひとつの鍵になっていますね。結局、病気と診断されて入るのではなく、保護者の判断次第という言い方もできます。
松尾 入院には任意と強制の二種類があって、任意の患者には病識があるのだけど、強制の場合はそれがない場合が多く、あるのは被害者意識です。例えば拒食症の場合も、自分がやせ過ぎていて、このままだとまずいなと思う人と、やせていることに美意識を感じ続けていて、さらにやせなければと思う人がいるわけです。当然、後者の方が危険度が高いわけですが、根が深い方を書きたいという思いはありました。
――映画『イン・ザ・プール』ではトンデモ精神科医・伊良部の役で主演されました。この小説を作り上げる上で、何か影響を受けたことはありますか。
松尾 うーん、特にはないかもしれませんね。『イン・ザ・プール』の場合はもう少しのん気に笑える話だと思うんです。今回の小説は、それよりはギリギリの話ですよね。閉鎖病棟に叩き込まれているという被害者的な状況だからこそ書けるヒリヒリした笑いというものがあると思うんです。これが第三者の立場に立ってしまうと笑えない話です。あくまでも本人がどうしようもなく追い込まれているからこそ、自虐的に笑うしかないというような。
――最後のシーンは冒頭とは対照的に静かではありますが、心地よい余韻があります。
松尾 あそこで、明日香は唯一の仲間であると信じていた栗田さんも実は危ういかもしれない、ということを悟り、はっと我に返るんですね。
――それをどう解釈するかは読者にも委ねられているという気がします。ところで、松尾さんは、演劇、映画、雑誌など様々なジャンルで、作る側としても、演じる側としてもご活躍されています。その中で小説というのは、どのような位置にあるのでしょうか。
松尾 自分のやっている表現の中では究極の手段であるという意識はあります。今は舞台に立って動いているという状態ですが、そこからどんどん不自由になって、人との関わりを断って無人島に一人残っても、書けるわけじゃないですか。そういう手段としては有効だなと考えています。最後の砦というか、すべてを奪われても残るものというか。
映画や芝居を作ったりして、ストレスを感じたときにも、俺にはまだ小説があるわい、というような奥の手という感じはありますね。
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