――新作『春、バーニーズで』は黒と銀色を基調としたシンプルな装幀で、前康輔さんの写真も印象的に使われています。「小説を、贈る。」と本の帯にあるように、クリスマスシーズンの贈り物としてぴったりの一冊になりそうですね。
吉田 ありがとうございます。前さんには特別に、ぼくの小説を読んでから写真を撮ってもらったんですよ。
――本をプレゼントするというのは素敵な習慣だと思います。吉田さんが贈るのは、どんな本ですか?
吉田 ぼくは結構、本をプレゼントするんですよ。いつも贈るのは『ヴェネツィア水の迷宮の夢』(集英社)という本で、ヨシフ・ブロツキーというロシアの詩人の作品です。これは小説といえば小説ですが、薄い本で、散文詩みたいな感じですね。この本が好きで何冊か贈ったことがあります。
ぼくは本を人に貸せないんですね。自分の本には線を引いたり、書き込んだりしていますから。本を貸してと言われたりすると、むしろ買って渡します。
――自分の本もプレゼントしますか?
吉田 自分の本ですか(笑)。プレゼントという感じではなくて、たまたま誰かと一緒に本屋に行ったときに、そこで自分の新刊本を買って渡したりするぐらいですね。
――『春、バーニーズで』は、五つの短篇小説から構成されていますが、全体を通して読んでみると「もうひとつの時間」というテーマが浮かび上がります。表題作の「春、バーニーズで」は、二年前に「パーク・ライフ」で芥川賞を受賞されたとき、受賞第一作として書かれた小説ですね。
吉田 はい。あのときのことはよく覚えてます。芥川賞をいただいたときは、電話だとか花だとか、ものすごい量だったんですね。自分の部屋が大変なことになっちゃって、ホテルに十日ほど泊まりこんで、短篇を三つとエッセイなんかを書いたんですよ。最初に書いたのが、この小説でした。
「春、バーニーズで」は芥川賞をもらったので、文學界に書くことが急に決まったんですね。賞をもらって書くということは、なにかを考えて書くのではなくて、なにもないところから書くべきことを考えなければならない。考えたのは、賞というものはひとつの区切りだということでした。芥川賞にはそれまで何回も候補になっていて、やっともらえたという感じもあって、これで一区切りがつくんだな、と。
そうやって考えるうちに、さらにその五年ぐらい前に文學界新人賞を「最後の息子」で受賞した夜のことが浮かんできました。文學界新人賞は、芥川賞と同じ文学賞であっても、新人賞というのは不特定多数からひとり選ばれるわけで、名前のない集団から、ぽーんと自分の名前を出してもらえるという感じで単純によろこんでいたんですね。
芥川賞は、もちろん賞としての質も違いますし、ぼくの受け取り方も全然違って「あっ、これで大変になるなあ」という感じでした。半分浮かれながら、半分緊張しながら、という状況で、「さて、なにを書くか」となったときに浮んできたのが、文學界新人賞のことであり、「最後の息子」という作品のことで、そのなかでは主人公よりも閻魔(えんま)ちゃんというオカマのキャラクターが立っていたので、まあ、後日談みたいなものを書いてみようか、と思ったんですよ。
「最後の息子」でぼくはデビューしました、今、芥川賞をもらって、こうやって小説を書き続けていられます……みたいなことを、どこかしらで言いたかったのかもしれません。それを書き終わったら、閻魔ちゃんより、このあとも筒井という男のことを書きたいなと思うようになったんです。
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