2015.10.29 書評

物量で劣る相手にいかに戦うべきか。帝国陸軍がアメリカを前に辿り着いた結論。

文: 早坂 隆 (ノンフィクション作家)

『米軍が恐れた「卑怯な日本軍」 帝国陸軍戦法マニュアルのすべて』 (一ノ瀬俊也 著)

『米軍が恐れた「卑怯な日本軍」 帝国陸軍戦法マニュアルのすべて』 (一ノ瀬俊也 著)

 本書のタイトルにある「卑怯」という表現は、太平洋戦争終結直前の一九四五年八月に米陸軍が刊行した「対日戦用マニュアル」から採られている。本書『米軍が恐れた「卑怯な日本軍」』の著者である一ノ瀬俊也氏の直訳によると、新兵教育のために作成されたこのマニュアル本の題名は「卑怯な一発 日本軍の策略、欺騙戦術、対人攻撃法」と名付けられているという。

 米軍の言う「卑怯」とは、日本軍の多様なゲリラ戦術のことを指している。確かに、日本軍は対米戦における各地の戦場において、「待ち伏せ」「夜襲」「仕掛け爆弾」といった様々な戦法や武器を駆使して戦った。

 米軍はそれらの戦術を心底から恐れ、その結果として「卑怯」なる言葉を導き出した。即ち、「卑怯」という単語の選択は、「恐怖心」「畏怖」といった心理の裏返しであると考えられる。実際、一九四五年三月末から始まった沖縄戦では、米軍内において多数の兵士が精神に異常をきたす事態にまで及んでいた。

 本書によれば、「対日戦用マニュアル」には次のような一文が記されているという。

〈日本軍は卑怯な手を好む。戦争の歴史上、背信とずる賢さにおいて日本軍にかなう軍隊は存在しない。真珠湾のだまし討ち以来、アジアや太平洋の島での作戦を通じて、日本軍はあらゆるトリック、優勢を獲得するためのまやかしを使った〉

 この「対日戦用マニュアル」という刊行物が、日本への蔑視的な敵意に充ちた内容であったことは、この引用文を一読しただけでも充分に察せられる。但し、一ノ瀬氏はこのような一方的な内容に彩られたマニュアル本への批判にのみ重点を置くのではなく、なぜ米軍側がかかる心理状態に陥ったのかという背景について、丁寧に焦点を合わせて考察している。

 即ち、日本軍の攻撃と言うと「バンザイ突撃」や「特攻」などがすぐに思い浮かぶが、それだけではない側面が実際の戦場には存在したのだという史実への着目である。日本軍には世界の他の軍に類を見ない独特の「潔さ」「勇敢さ」があったことは事実だが、それ以外にも多様な表情を有していたことを本書は教えてくれる。

 私自身、「米軍が抱いた日本軍への恐怖心」について、実際に肌で感じた取材があった。それは、二〇一五年四月、天皇皇后両陛下の訪問に合わせ、パラオ共和国のペリリュー島を取材した時のことである。

 ペリリュー島は一九四四年九月から十一月にかけて、日米両軍が激しく干戈(かんか)を交えた地である。日本軍の戦死者は一万人以上、米軍側にも千八百人ほどの犠牲者が出た。

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米軍が恐れた「卑怯な日本軍」 帝国陸軍戦法マニュアルのすべて
一ノ瀬俊也・著

定価:本体730円+税 発売日:2015年10月09日

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