
しかし、ただ驚かせるだけでは「人物に深みを与えた」とは言えないだろう。大事なのは「誰が」よりも「何のために」他人を偽るのかにある。どうか裏切りの動機に注目願いたい。自分のためか他人のためか、そこにすべての答えがある。
ところどころで『烏に単は似合わない』とクロスするのも愉しい。雪哉が桜花宮(姫たちが暮らす場所)に入り込んで捕まってしまう場面は、前作にもあった。なるほど、前作ではただ単に間抜けな若者にしか見えなかった雪哉には、こういう事情があったのか。それがわかって前作を再読すると、初読のときとはぜんぜん違った絵が見えてくるのである。これは愉快だ。
と同時に、ひとつの出来事は視点を変えるだけでこれほど別物になってしまうのかと驚かされる。待てよ、ということは本書単体でも視点を変えれば違う絵が見えるのではないか? ――この発想こそが、本書の「騙しの妙」の根幹と言っていい。
小説で視点人物を変えることはさほど難しくないが、読者に視点を変えさせるのは困難だ。ところが本書はさまざまなエピソードを通して「見えるものだけで決めつけるのは危険」と伝えてくる。小説も然(しか)り。人も然り。
宮廷謀略小説であり、少年の成長物語であり、驚きのミステリでもある本書。しかしきっとまだ隠された顔があるはずだ。期待せずにはいられない。
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