- 2017.06.08
- 書評
各巻ごとに趣向を凝らす大ヒット異世界ファンタジー最新作。シリーズと筆者の歩みをおさらい!
文:大森 望 (翻訳家・書評家)
『空棺の烏』 (阿部智里 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
本書『空棺の烏』は、阿部智里の《八咫烏》シリーズの第四作にあたる。第19回松本清張賞を受賞したデビュー長編『烏に単(ひとえ)は似合わない』(二〇一二年六月)にはじまるこのシリーズは、いまや、日本の異世界ファンタジー(ハイ・ファンタジー)の中でも指折りの人気作に成長した。
J・R・R・トールキンの『指輪物語』やアーシュラ・K・ル=グウィン《ゲド戦記》に代表される英米の名作群がジャンルをつくってきたという歴史的な背景もあってか、かつては、外国産のイメージが強かった異世界ファンタジーだが、この四半世紀のあいだに日本でも急成長。思いつくままに挙げても、小野不由美《十二国記》を筆頭に、茅田砂胡《デルフィニア戦記》、上橋菜穂子《守り人》、荻原規子《西の善き魔女》、須賀しのぶ《流血女神伝》、雪乃紗衣《彩雲国物語》、菅野雪虫《天山の巫女ソニン》、乾石智子《オーリエラントの魔道師》などなどの傑作シリーズが次々にあらわれ、日本の異世界ファンタジーは、大人向けの文芸ジャンルとしてすっかり定着している。そしてこの《八咫烏》は、それら綺羅星のごときタイトル群につづく、現在進行形の大ヒット作なのである。
その出発点となった『烏に単は似合わない』は、ファンタジーの新人賞や専門レーベルからではなく、一般向けの公募小説賞から、四六判の単行本として登場したことで、文芸出版の世界に革命を起こした。芥川・直木賞を擁する老舗文芸出版社の文藝春秋が主催する松本清張賞は、岩井三四二、山本兼一、葉室麟、青山文平など実力派の歴史時代小説作家をあまた輩出してきた。その賞からいきなり、八咫烏が統べる異世界を舞台にした王朝ファンタジーが出てきたのだから、(とりわけ出版業界内に)びっくりする人が多かったのも無理はない。しかも、歴代受賞者はおじさんが多いイメージだったのに対して、著者は弱冠二十歳の現役大学生。『烏に単は似合わない』が受賞したことで、松本清張賞のイメージは一変。その影響かどうか、以降は航空サスペンスや学園小説や奇想SFなど、多種多様な作品が受賞している。『烏に単は似合わない』は、松本清張賞の歴史を変えた受賞作だったのである。
もっとも、このシリーズのおもしろさが広く一般読者にまで知れ渡ったのは、二〇一四年六月に『烏に単は似合わない』の文春文庫版が出てから。この文庫が、担当編集者も「いったいなにごと?」と驚くほどの勢いで売れて、《八咫烏》の快進撃がはじまった。異世界ファンタジー特有のとっつきにくさが一切なく、抜群のストーリーテリングで冒頭からぐいぐいひっぱっていくのがポイント。そのため、それまであまりファンタジーを読んでこなかった幅広い層からも熱い支持を集めることができたのではないか。
簡単におさらいしておくと、物語の舞台は、“山内”と呼ばれる不思議な世界。そこでは、人間の姿にもカラスの姿にもなれる人々(八咫烏の一族)が暮らしている。その世界を統べるのが、宗家を頂点とする貴族たち。山内は、東西南北、四つの領に分かれ、四つの大貴族(東家、西家、南家、北家)に治められている。
『烏に単は似合わない』の主役は、この四家から、それぞれの家の代表として、若宮(宗家のプリンス)のお后選びのため、桜花宮に集められた四人の娘たち。ヒロインのあせびは、東家の二の姫。さる事情から一の姫がリタイアし、急遽代役に指名されて登殿する。彼女のライバルは、ボーイッシュな魅力を持つ浜木綿<はまゆう>(南家)、神々しいほどの美貌を誇る真赭<ますほ>の薄<すすき>(西家)、小柄でキュートな白珠<しらたま>(北家)。各家の威信と期待を一身に背負った彼女たちは、なんとか若宮のハートを射止めるべく鎬を削る。だが、肝心の若宮は一向に現れず、やがて不可解な事件が……。
酒見賢一の第一回日本ファンタジーノベル大賞受賞作『後宮小説』や、池上永一の琉球大河ロマン『テンペスト』を連想させる設定だが、こちらはのっけからガールズ・トークが炸裂し、あっという間に読者を異世界に引き込んでしまう。さらに後半は、あっと驚くどんでん返しあり、ミステリ的な仕掛けありとサービス満点。
これはすごい才能があらわれたと度肝を抜かれたが、一年後に出た第二作『烏は主(あるじ)を選ばない』を読んでまたびっくり。なんと、前作で描かれた一年余のあいだ、作中になかなか姿を見せなかった若宮がいったいどこでなにをしていたかの物語だったのである。二冊はたがいに表裏の関係にあり、最初の一冊で完結していたかに見えた物語が、実は二冊セットで完結する仕組みだったと判明する。この二冊は、もともと一冊だったのを分割してこうなったんだそうですが(その意味では、海堂尊の『ナイチンゲールの沈黙』と『ジェネラル・ルージュの凱旋』の関係に近い)、『烏は主を選ばない』のほうでは、若宮と雪哉(ゆきや)の主従がじつに魅力的に描かれていて、前作とセットでありながら新たな技を見せている。
しかし、《八咫烏》シリーズ全体にとっては、この二冊は、異世界への入口となる一種の導入編。二〇一四年七月に出た第三作『黄金(きん)の烏』に至って、“山内”そのものの存亡に関わる大事件が発生する。別の世界から侵入したとおぼしき獰猛な大猿が辺境の村を襲い、八咫烏を食い殺したのである。たまたま現場近くにいた若宮と雪哉は、事件の原因を探るうち、この世界の根幹をなす秘密へと迫ってゆく。
……と、すっかり前置きが長くなったが、二〇一五年七月に出た本書『空棺の烏』はそれに続く四作目。各巻ごとに趣向を凝らし、毎回、予想もしない新機軸を用意して読者の意表をつくのがこのシリーズの特徴だが、今回はまさかの学園もの。十五歳から十七歳の少年たちが入学資格を持つ全寮制の男子校・勁草院(宗家一族を警護する精鋭集団である山内衆の養成所)が舞台となる。一作目がガールズ・ファンタジーなら、さしずめこちらはボーイズ・ファンタジーか。和風テイストのギムナジウムものというか、《ハリー・ポッター》シリーズのホグワーツ魔法魔術学校を思わせるところもある。
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