- 2014.08.16
- 書評
脳トレ・ブームに騙されるな!
文:成毛 眞 (書評サイト「HONZ」代表)
『錯覚の科学』 (クリストファー・チャブリス ダニエル・シモンズ 著/成毛眞 解説/木村博江 訳)
これだけでは単なる同業者に対する批判に終わってしまいそうだが、本書はホンモノの脳年齢を維持する方法を教えてくれる。毎週三日に一回、有酸素運動として四十五分間のウォーキングをするだけで前頭部の脊髄灰白質の減少が止まるという。つまり、知的能力を長くたもつ最良の方法は、認知能力を鍛えることとはほとんど関係なく、体を鍛えたほうが良いというのである。まさに、一部の心理学者や脳科学者の「錯覚」を揶揄するようでじつに愉快である。
このエピソードは本書のテーマである六つの錯覚のひとつ、「可能性の錯覚」の章で紹介される。この章の見出しは「自己啓発、サブリミナル効果のウソ」だ。本来の自分は潜在能力がもっと高いはずなのだが、ほとんど引き出せていない。そこで、聞くだけで頭が良くなるというモーツァルトの楽曲をかけっぱなしにしてみたり、手ごろな自己啓発書を読んでなんとかしようという人にとっては耳の痛い章になるはずだ。その二つともまったく効果はないというのである。
とはいえ、本書は自分の可能性を過大視している大衆を戒めるのが目的ではない。そもそも、自己啓発書を読む層は本書を手に取らないであろう。逆に自己啓発をしなくてもよい層にとっては、実験心理学的な裏付けのあるビジネス書、マーケティング書としても読むことができるかもしれない。ニューヨーク・タイムズやウォールストリート・ジャーナルなどのメディアが賛辞を贈る理由もよくわかる。
たとえば、自動車のドライバーがオートバイに気づきにくい理由は、オートバイが小さいからではなく、オートバイが自動車と違う形をしているからだという。ライダーがどんなに派手なウェアを着ていても期待するほどの効果はないらしい。そこで著者たちはオートバイのヘッドライトを自動車のように両側に離しておくことを薦めている。損害保険会社にとっては、オートバイのヘッドライト構造の違いで保険料を設定し、保険金支払いを最小化するための重要な情報になるかもしれない。
チェス・プレイヤーの調査では、自分に対する評価が低すぎると答えた圧倒的多数は、対局成績が下位半分の人たちだったという。つまり、弱いプレイヤーこそが極端な自信過剰だったのだ。ユーモア感覚についての実験も紹介されている。最下位二五%に入った、つまりユーモア感覚のない学生たちは、自分のユーモアのセンスは平均以上だと考えているというのだ。まさに笑えない話だが、部下や上司の実際の能力を知るために、自信のほどを聞くということは有効のようだ。
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クリストファー・チャブリス&ダニエル・シモンズ 『錯覚の科学』
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