- 2013.11.22
- 書評
『アンダー・ザ・ドーム』解説
文:吉野 仁 (文芸評論家)
『アンダー・ザ・ドーム』 (スティーヴン・キング 著 白石朗 訳)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
次にキングの過去の作品との類似を考えてみたい。
激しい暴力行為を重ねる狂った警官との闘いといえば『ローズ・マダー』(新潮文庫)や『デスペレーション』が挙げられる。理不尽な暴力に巻き込まれることはなによりの恐怖である。
また『シャイニング』(文春文庫)を書いているとき、キングは自分のアル中を自覚していたという。当然、その姿がジャックという登場人物に映しだされていたわけだ。そしてキングは、アルコールだけではなくドラッグにも溺れていた時期があると明かしている。ならば、本作におけるドラッグ工場の存在やヤク中の男たちの登場も、それなりの意味が含まれているはずだ。これまでも、キング自身がもつ負の部分に対する破壊衝動が表出しているのではと思う作品は多かった。文字通り『ダーク・ハーフ』との果てしない闘いである。
さらにキング・マニア向けの深読みをしてみると、悪の親玉の名前が象徴的だ。キングが敬愛するノワール作家ジム・トンプスンの愛称が、ずばりビッグ・ジムなのである。
キングはトンプスンの処女作 Now and On Earth が一九九四年に復刊された際、「ビッグ・ジム・トンプスンをたたえて」という序文を書いている(邦訳は『深夜のベルボーイ』収録/扶桑社)。そこには「わたしにとって彼は常にビッグ・ジムだ」という一文がある。
また、本作の悪の親玉であるビッグ・ジムは、たとえば「最善の事態を希望して最悪の事態にそなえよ」といった類の警句をやたらと吐く。これはトンプスンの代表作『おれの中の殺し屋』(扶桑社文庫/河出書房新社版は『内なる殺人者』)の語り手となる保安官助手ルー・フォードを思い起こさせる。やはり陳腐な決まり事の文句をつぶやく男なのだ。ちなみに『おれの中の殺し屋』扶桑社文庫版にはキングによる解説が収められており、トンプスンへの偏愛ぶりがうかがえる。ファンは必読だ。
もしくは本作「ミサイル攻撃迫る」の章で、レスター・コギンズ牧師の寝室の壁に掲げられた銘板には《神は一羽の雀も見ている》という聖歌の文句が記されていた。やはりジム・トンプスンの代表作である『ポップ1280』(扶桑社文庫)にもまたこの言葉の引用があるのだ。本作では、〈ドーム〉にぶつかった鳥がたくさん死んでいる。神は一羽の雀も見のがさないはずなのに。すなわちチェスターミルズは、神なき世界になってしまったことを暗示しているのだ。
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