- 2013.11.22
- 書評
『アンダー・ザ・ドーム』解説
文:吉野 仁 (文芸評論家)
『アンダー・ザ・ドーム』 (スティーヴン・キング 著 白石朗 訳)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
もし、突如メイン州の小さな田舎町が巨大なドームにすっぽりと包まれたとしたら?
おそらくスティーヴン・キングは、このアイデアを思いつき、『アンダー・ザ・ドーム』を書き始めたに違いない。
というのも、キングによる自伝的文章読本『書くことについて』(小学館文庫)において、次のような創作法を明かしている。
「私の場合、もっとも興味を惹かれる状況は、たいてい“もし~としたら?”の仮定法で言いあらわすことができる。
もし吸血鬼がニューイングランドの小さな町にやってきたとしたら?――『呪われた町』
もしネヴァダ州の田舎の警官がトチ狂って、次々にひとを殺し始めたとしたら?――『デスペレーション』(以下略)」
続けてキングは、「ここにあげた作品がみな見直し作業の過程で斧鉞を加えられ、彫琢されているのは言うまでもない。だが、基本的なところは最初とほとんど変わっていない」 と述べている。すなわち、“もし~としたら?”で言いあらわせる魅力的な状況設定のアイデアを思いつくことでいくつもの傑作を書き上げてきたのだ。
もっとも、本書巻末の「著者あとがき」で触れているとおり、二〇〇九年の刊行以前に二度ほど執筆を進めながらも断念した経緯があったという。最初に書き始めたのはなんと一九七六年で、次に二〇〇七年。思うように書き進められなかったのは、単に登場人物がたくさん出てくるだけではなく、「技術的な問題、とりわけ〈ドーム〉が出現したことで生態系や気象におよぼされる影響という問題」が理由だという。裏を返せば、キングは執筆にあたり、あくまで現実に即した物語世界の構築を試みているのである。
ともあれ、奇抜な発想を生かし、とてつもないスケールによる前代未聞の極限状況をつくりあげ、その渦中で狂乱もしくは奮闘する大勢の個性あふれる登場人物(および犬)を創造したうえで、複雑に絡み合ったドラマを構築し、あくまで娯楽に徹したサスペンスあふれる大長編、日本版で文庫四巻分のボリュームを書きあげるとは、あらためてキングの筆力に驚かされるばかりだ。
なによりファンならばご存知のとおり、キングは一九九九年に交通事故で命を落としかけているわけだが、その後の仕事ぶりを見ると、およそ死にかけた人間とは思えない。稀代のエンタテインメント作家として積みあげてきたテクニックを駆使し、お気に入りのテーマを深化させ、これまでの集大成といえる超大作に仕上げている。感服するばかりだ。
そもそも本作の最初の執筆が一九七六年ということは、長編第二作『呪われた町』が一九七五年の刊行なので、その翌年にはこの奇想をふくらませ、執筆の準備をしていたということである。「飛行機とウッドチャック」はすでに一度書きあげられていたのだ。
もっとも、『アンダー・ザ・ドーム』は、9.11のテロ事件や二〇〇八年の出来事に関する言及などがあることから、ほぼ刊行時のアメリカを舞台にしている小説といえる。あくまで二十一世紀のキング作品なのである。
ただし邦訳単行本の訳者あとがきで指摘されていたとおり、出現した〈ドームの日〉にあたる「十月二十一日の土曜日」に該当する暦上の年は、二〇〇〇年、二〇〇六年、そして二〇一七年だというので、つじつまがあわない。白石朗氏のいう「この世界とかぎりなく似ている異世界」の可能性もある。〈ドームの日〉とは、いわゆる審判の日、ドゥームズデイに引っ掛けていることから、「十月二十一日の土曜日」という日付には、なにか別の意味が隠されているのかもしれない。
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