書評

『アンダー・ザ・ドーム』解説

文: 吉野 仁 (文芸評論家)

『アンダー・ザ・ドーム』 (スティーヴン・キング 著 白石朗 訳)

 

 この『アンダー・ザ・ドーム』もまた、正体不明の〈ドーム〉に立ち向かうストーリーだけにとどまらず、題名が示すとおり、〈ドーム〉の下で、邪悪なものと闘っていく登場人物たちの姿が描かれている。

 本作における邪悪な存在とは、悪の親玉たるビッグ・ジム・レニーとその息子ジュニアである。警察内の悪徳警官らとともに、暴行、殺人といった不法行為を重ねていく。しかもビッグ・ジムは中古車販売店の店主ながらチェスターズミルの第二町政委員という役職にあり、実質上、町を牛耳るボスなのだ。権力にとりつかれ、暴力で他人を支配していく。なにかといえば「綿摘み野郎」と差別的な罵倒を連発する。いわば悪の象徴とでもいえる人物。町の資金を流用してつくったドラッグ工場で富を肥やしていた。

 そのあたり、地元紙〈デモクラット〉の編集発行人であるジュリア・シャムウェイが、「過去十年ばかりは故郷で目にすることのあれこれがどんどん魅力をうしなってきていた」ともらし、その腐敗ぶりを思いつくまま挙げている場面があった。いつもその中心にいる男がビッグ・ジムなのだ。

 また、ジュニアと諍いを起こし、ビッグ・ジムから疎んじられていたばかりか、のちに殺人事件の濡れ衣を着せられる元軍人の男が、バーバラ(通称バービー)という女性名であるのは気になるところだ。本作ではジュリア、リンダ、ブレンダといった女性の活躍が目立つ。

 町の子どもたちのなかでは、酪農農家ディンズモア家の長男オリーの活躍が印象深い。最悪の状況を打破しようと奮闘する展開は、まさにキングの真骨頂である。

 そのほか、およそ数十人にわたる登場人物をひとりひとり紹介するわけにはいかないが、牧師、薬物中毒者など、スモールタウンのさまざまな一面を表しているかのごとき個性的な人物が随所で登場し、ドラマに陰翳を与えている。

 冒頭からアクセル全開で、ぐいぐいと読ませるばかりか、クライマックスにむけての怒濤の展開は、文字通り息もつけないほどの迫力に満ちたものだ。

 先に述べたとおり、キングは一九九九年六月に、脇見運転をしていた男の車にはねられ、重傷を負った。何度かの手術と入院生活を経たのちも車椅子生活を強いられたのだ。ちょうど『アンダー・ザ・ドーム』の前年の二〇〇八年発表の『悪霊の島』(文藝春秋)では、不慮の事故で片腕を失った男が主人公となる物語で、キング自身の事故体験が投影されていると思わせる設定だった。だが、本作は、そうしたトラウマのような影はみじんも感じられない。より力強さと深みを加え、パワーアップしている。交通事故を連想するといえば、せいぜい冒頭〈ドーム〉に車が次々にぶつかり大破するシーンくらいか。

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