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利休の死の闇を解く

利休の死の闇を解く

文:加藤 廣

『利休の闇』 (加藤廣 著)

出典 : #オール讀物
ジャンル : #歴史・時代小説

 東大図書館は元々は徳川家の膨大な蔵書からスタートしたが、関東大震災で七〇万冊を焼失したという。のちに各地の旧大名や神社仏閣などから寄贈をお願いして補填したらしい。が、それでも、かなり欠けているものがあることを改めて知った。そこを国会図書館の蔵書で補わなくてはならなかった。

 だから国会図書館で、ようやくその事実を探り当て、古文の原文を読んだ時の驚きは格別だった。そこから利休の隠されていた一面を発見。利休の謎の解明の一つの道が開けたのである。

 こうして、やっと納得できる物語として書き上げたのは二十五年十一月。思えば同年三月下旬の執筆開始から八ヶ月。月産五十枚ちょっと、という超スローペースを強いられたことになる。

 この物語の焦点は、大方もご推察のように、

「なぜ利休は秀吉に殺されなければならなかったのか」

 にある。徳川時代から明治、大正、昭和、そして今も諸説紛々。利休びいきの偏った小説や、それを元ネタにした映画やテレビドラマが横行している。

 そこで――、私は、秀吉と利休の関係の変化を時系列で、それも宗久、宗及という二人の茶人の残した「茶会記」に沿って、できるだけ忠実に追うことにした。

 我々の対人関係の構築でもそうだが、人との関係は、まず出会いに始まる。次に親しくなるか、無縁の人として離れるか、あるいは対立して友好関係が切れるか。関係が切れただけでなく、どうにもならない決別に到るか。

 秀吉と利休の関係がまさに、この最後の例である。出会いから蜜月、そして対立から決別へのドラマだ。しかし、その後、利休が神格化されるに従い、両者の関係は、ますますヴェールに包まれていった。

 特に、利休百年忌前後に当たる元禄初期からは利休研究が進むと同時に、利休に都合の悪いことが隠されるようになった気がする。

 この取捨選別が難しかった。

 たとえば――、一番多く語られる利休賜死の理由に、大徳寺の寺門に掲げられた利休像の不敬の話がある。が、利休像が寺の楼門に載せられたのは、刑死のきまるかなり前のことである。理由としては罪を重くするための後付けにすぎない。

 利休にしても、寺の門前に屋敷を構えているのに「知らなかった。大徳寺が勝手にやったことだ」はないだろう。

 利休の出戻りの娘に秀吉が横恋慕し、「側室に差し出せ」と命じた。これを利休が父親として敢然と拒否した。これが切腹の原因だというのも噴飯ものだ。

 確かに秀吉は女好きである。が、それは武将として、跡継ぎの子なくして五十代を迎えた焦りとして考えてやらなくてはいけない。それに関白当時の秀吉には、要求しなくても、征服された武将たちから「献上」される若い娘はひっきりなしにあった。

 なにも七十近い利休の、(おそらくは)三十代後半の、うば桜(当時としては三十は女の「お褥滑り」である)のような娘にまで手を出す必要はない。 仮にそのような動きがあったとすれば、それは利休の(秀吉からの)逃亡を阻止するための「証人(人質)」の提出要求にすぎなかったろう。

 こう考えて、一つ、一つの理由を潰していくと何が残るか。

 実はなにも残らないのである。

 これまで四百年以上に亘り語り継がれてきた理由には決定的なものがなにもないのだ。ではどうするか、どうしたのか。

 この随想は小説の予告編みたいなものだから、もったいつけるわけではないが、ここで「種明かし」するわけにはいかない。それに、この種はこの程度の短文で語り尽くせるような中途半端なものではない。

 じっとかみしめて味わうことで、後からその「ほろ苦さ」がわかるようなもの。それは秀吉と利休の長い長いつきあいの中で、いつしか芽生えていった人間同志の「業と業」、「意地と意地」の戦いの結果であった。

 もう一度生き返れば、二人は、異口同音に、こう言うに違いない。

「馬鹿なことをした。謝る。も一度、やり直したいがどうか」

「望むところでございます」

 私も作家として、この二人にシャン、シャン、シャンと手打ち式をさせたい思いで一杯である。

利休の闇
加藤廣・著

定価:本体1,500円+税 発売日:2015年03月12日

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オール讀物 2014年1月号

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