――好評だったNHKの「御宿かわせみ」(2003年~2005年放送)の終了から、11年。いよいよ待望の舞台化となりました。
橋之助 もうそんな経ったんですか、というのが、正直な感想です。放送が終ってからも再放送されたこともあると思いますが、全国巡業などで電車やバスで移動する機会があると、乗りあわせた方から、「かわせみ、またやらないんですか?」と声を掛けられることが、とても多くて……(笑)。ですから、その声に、今回ようやく応えられた気がします。
ドラマ放映直後にはずいぶん舞台化のお話も、いただいたんです。(中村)勘三郎兄貴に、兄貴(中村福助)がるいで、私が東吾で、歌舞伎でやったらいいじゃないかって、言われたこともありましたね。でも、舞台の方は、高島さんが「まだ舞台は自信がないんですよ」とおっしゃったのでなかなか実現しなかったんですよ。
――橋之助さんが最初に「かわせみ」で東吾を演じた時は、どんな気持ちでいらっしゃいましたか。
橋之助 最初にお話をいただいたときは、「『御宿かわせみ』をやらしてもらえるのですか」と驚きましたね。これだけ、今まで多くの人が演じてこられたお話も、珍しいんじゃないですか? 亡くなった女優の池内淳子さんが、最後のドラマ出演のときに、撮影が深夜までかかったんですが、その別れ際に車から声を掛けられて、「あなたの東吾と高島さんのるい、私は好きよ。私も若ければ、るいがやりたかったわ」って言われたこともありましたね。ですから、ドラマを始めるときには、これまでの「東吾とるい」を、意識しました。小野寺昭さんと真野響子さんの「かわせみ」も何度も見ました。それで、我々はどんな「東吾とるい」にしようか、高島さんとはずいぶんと相談しました。そこで、高島さんと私は、ほぼ同級生なんで、「同級生の恋人」のような「東吾とるい」にしようと……。ちょうど「御宿かわせみ」のドラマが放映されていた頃というのは、時代劇が衰退しはじめたと言われた頃で、なんとか我々ががんばらなくてはと、高島さんも私も2人とも必死にやりましたね。
――高島さんとのコンビは、今回の舞台の制作発表でもすでに息もぴったりでした。橋之助さんからご覧になった久しぶりの「おるいさん」はいかがでしたか。
橋之助 るいは、原作でも「女長兵衛」なんてよばれてますが、高島さんにも、そういう芯の強いところがあります。2人に重なるところがあるから、役がしっくりくるんでしょうね。あと、とにかくさっぱりしていて、女形のような方なので、とてもやりやすい(笑)。「かわせみ」は、実は登場人物が少ないですから、るいさんだけでなくて、他のキャストとも、おのずとチームワークもよくなるんですよ。だからドラマのときも、とても楽しい現場でした。今回もたぶんそうなるのではないでしょうか。
――久しぶりに神林東吾を演じてみて、改めて、ご自身と似ていると思われることはありますか? また、男から見た東吾の魅力はどこにあると思われますか?
橋之助 似ているところは、やはり、次男坊というところですね。東吾には、能天気と思われるかもしれませんが、自由と寂しさがある。東吾の魅力は“お人よし”ですよね。さして器量があるわけでないけれど、けっして格好つけないところは、男から見ても「いいな」と思います。あと、私は、「かわせみ」の中で、とても印象的なエピソードがあるんです。それは、東吾がまだ幼い頃、お母さんが亡くなるときに、兄の通之進と東吾が2人で仲良くするようにと、2人の手をあわせて握るんです。それで東吾がたまらずに泣き出すと、通之進が東吾を次の間へ連れて行って、東吾の手を、さきほどまで母がしていたようにずっと握っててやると、しばらくして東吾が泣き止むんです。その話がとても好きでしてね……。東吾の魅力には、そういう父代わりの兄の通之進の影響があるんじゃないでしょうか。
――今回のお芝居で一番の見どころはどこでしょうか。
橋之助 今回、「かわせみ」の読者アンケートで、上位20位に入ったうちの5本を選んで演じるという贅沢なつくりになっています。もちろん、ドラマでやらせていただいたお話もあります。それを、2時間半のなかに入れていくんですから、演出のG2さんも、「かわせみ」らしさを残すことに、大変苦労されたことと思います。だから、私が一番大事にしたのは、長きにわたって多くの人に愛されてきた「形」を崩さないことですね。なんでもいいから舞台にしようと思えば、できないことはないのかもしれませんが、そうではなくやっぱり、平岩作品の「御宿かわせみ」という匂いをしっかりと残すことが大切です。うちの父親(七代目中村芝)も、よく「匂いがなくなるのが一番よくない」と言ってましたから。ドラマでご覧になった方たちにも、原作の匂いをしっかりと感じていただければ。
――東吾を演じる上で、難しかったところは?
橋之助 「御宿かわせみ」という話は、役者からしてみると、難しいところがあるんですよ。というのも、大立ち廻りがあったり、極悪人が出てきたり、というある意味派手な要素がある話ではないので、そういうものに頼ることが出来ない。動きでごまかさず、芝居でしっかりと見せていく必要がある。でも、人と人のつながりであったり、人の気持ちのふとした重なりであったり、すれ違いを通して、それで悩んだり、人のよろこびであったり、かなしみであったりを描いていくから、みなさんも身近に感じられる。そこに、平岩先生が「かわせみ」を書かれる上での狙いもあるんでしょうね。ドラマの際に、平岩先生と本読みをさせていただいて、ずいぶんご指導をいただきましたが、そのときに、ひとつひとつの言葉の大切さ、そして、物語を作ることの厳しさも教わりました。だから、平岩先生に、ドラマの2クール目くらいから、「東吾を書くときに、あなたの顔が浮かぶようになりましたよ」と言われた時には、うれしくて、心の底からホッとしました。「御宿かわせみ」の脚本は、これまで平岩先生が自らお書きになられてきましたが、今回、はじめてG2さんの脚本演出です。G2さんも、その点を汲んで、先生の一字一句を大切にしていると思います。
――原作となる「御宿かわせみ」シリーズは、5月号で300話という節目をむかえることになりましたが、これだけの長寿シリーズになった秘訣は何があるのでしょうか。
橋之助 いよいよ「サザエさん」のような国民的な存在になってきましたね。でも、東吾がいなくなり、子どもたちが育ち、時代が変わって激動の時代を生きて行くというように、長く続いた時代小説の設定としては、時間が動くというのは、とても珍しいですよね。それを続けてこられたというのが、なにより素晴らしい。それができるのは、まずファンの方がいてくれるからってことですからね。わたしも、若さが伴ううちは、ぜひ東吾をやらせてください(笑)。
――今回の公演は、歌舞伎以外では、芝翫の襲名前、最後のお芝居になりました。
橋之助 襲名までカウントダウンが始まって、準備も忙しいので、ついついそちらのほうへ意識が行きがちなんですが、残り5ヵ月の間に「橋之助」の名前でやっておくべきことがあるんじゃないかと考えています。ですから、5月は『御宿かわせみ』、6月は20年前にやった『魚屋宗五郎』、7月は大阪の松竹座で、25年前、結婚したときにやらせていただいた『菊畑』。それで、8月は「納涼歌舞伎」と続きます。35年前に橋之助の襲名披露は歌舞伎座でしたが、同じ頃、明治座に澤瀉屋(市川猿翁)のおにいさんの芝居を見に行ったんです。その時に、スーツ姿の私を突然舞台に上げてくれて、襲名口上を言ってもらったことがありました。そういうゆかりのある明治座で、また高島さんと、『魔界転生』などでたくさんご一緒させていただいているG2さんの演出で、同じく秋に襲名する息子とも共演し、『御宿かわせみ』で「橋之助最後の舞台」を飾れることに、とても不思議な縁を感じます。
舞台「御宿かわせみ」は、東京・明治座で5月3日から27日まで。
写真◎加藤孝
合本 御宿かわせみ(一)~(三十四)
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