
- 2016.11.18
- 書評
音楽好きのための“人間嘘発見器”考察
文:佐竹 裕 (コラムニスト)
『シャドウ・ストーカー』 (ジェフリー・ディーヴァー 著/池田真紀子 訳)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
ディーヴァーの作品には音楽が登場することが多い。具体的な楽曲名も頻出するのだけれど、キャサリン・ダンスのシリーズはとりわけそれが顕著だ。なにしろ、つねにiPodのイヤフォンをぶら下げて外界をシャットアウトしているキャサリンは、かつてはフォークシンガーとして活動したが、これといった成功を収められずにその道を断念したという設定である。
二十世紀の半ばに、山岳地帯の民謡やブルース、ブルーグラスなど、さまざまな音楽を収集して米国議会図書館におさめた“ソング・キャッチャー(民謡研究者)”、アラン・ローマックスを引き合いに出して、キャサリンも同様に、現代の“米国産”音楽――アフリカ、ケイジャン、ラテン、カリビアン、アジアン――を自分の足で集めて回っている。そうして、親友のマーティーン・クリステンセンと一緒に立ち上げた〈アメリカン・チューンズ〉というウェブサイトを通じて、市井のミュージシャンが自作曲の著作権を取得する手伝いをするほか、レコーディングしたその楽曲の音源をサイトにアップして配信してその代金をミュージシャンに分配している。本業同様の熱意で運営にあたっているのだ。
そうそう、ダンスの二匹の飼い犬の名も、それぞれディランとパッツィ(かたや苗字、かたや名前で統一性はないけれど)。もちろん、かのボブ・ディランと、「クレイジー」でお馴染みの人気カントリー歌手パッツィ・クラインからとられたものだ。音楽ファンならば思わずにやりとさせられる、こうしたちょっとした遊び心が嬉しい。
さてさて、そんなディーヴァーの創作意欲はいささかも衰えず、ますます精力的だ。このキャサリン・ダンスのシリーズは本書に続く第四作『煽動者(Solitude Creek)』(二〇一五年)がすでに日本でも刊行されている。群集心理を操りパニックに陥らせる犯罪者とキャサリンとの対決が描かれ、本書に登場した人気歌手ケイリーも顔を見せる。リンカーン・ライムのほうも、シリーズ第十二作『The Steel Kiss』(二〇一六年)がすでに刊行されていて、二〇一七年には第十三作『The Burial Hour』が刊行予定。また、ライム物二篇とキャサリン・ダンス物一篇に加えて、『シャロウ・グレイブズ(Shallow Graves)』(一九九二年/『死を誘うロケ地』改題)から始まる別シリーズの主人公のジョン・ペラム物も一篇収められた短篇集、『Trouble in Mind』(二〇一四年)も邦訳が予定されている。
はじめて自分がディーヴァー作品のおもしろさを知ったのは、“とある友人”がたまたま邦訳書の編集を担当した『静寂の叫び』(一九九五年)を読んだのがきっかけだった(“とある友人”が、なんて証言をするとストレス反応が見られるとキャサリンに即糾弾されるかもしれないけれど)。ディーヴァーが作家として化けたと言われる単発のサスペンス作品だ。以来、少しもクオリティを下げることなく、ディーヴァーは旺盛な創作意欲で傑作を書き続けている。
その魅力は、ジェットコースター・ミステリーたる所以(ゆえん)の、目まぐるしいまでの意外な場面展開、魅力あふれる登場人物たち、そして一作一作に込められた情報量の多さによるものだろう。そして、故・児玉清氏をはじめ多くのディーヴァー・ファンの読み巧者たちが指摘するように、読後感の爽快さ。キャサリン・ダンスのシリーズには、群を抜いてその魅力が活かされているように思えるのは、音楽好きの身びいきだろうか。
■キャサリン・ダンス・シリーズ
The Cold Moon(2006)『ウォッチメイカー』*
The Sleeping Doll(2007)『スリーピング・ドール』
Roadside Crosses(2009)『ロードサイド・クロス』
The Burning Wire(2010)『バーニング・ワイヤー』*
XO(2012)『シャドウ・ストーカー』本書
Solitude Creek(2015)『煽動者』
(*印はダンスが登場するリンカーン・ライム・シリーズ)