- 2022.07.21
- 書評
設定と推理の魔術師、強力無比なデビュー作!
文:阿津川 辰海 (小説家)
『イヴリン嬢は七回殺される』(スチュアート・タートン)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
1 スチュアート・タートン、その魅力とは?
アクロバティックなハード・パズラー。
本書『イヴリン嬢は七回殺される』の魅力を一言で言い表すとすれば、そうなるだろう。
古式ゆかしい、カントリーハウスでの殺人事件という題材を扱いながら、その周囲に、人格転移とタイムループというSF設定を巡らせる。ともすれば設定と設定が食い合って破綻しそうなものだが、作者、スチュアート・タートンの筆さばきは実に巧みに、一人の女性を救うための成長物語として本書を演出してみせる。
おまけに驚かされるのが、作品の中心をなす、カントリーハウスの殺人事件の真相である。読者の目は特異なSF設定についつい引き付けられてしまうが、解決編には、紛れもない本格ミステリー作家としての力量が刻印されている。膨大な伏線によって、古典的ながら意外な構図を紡ぎ出し、ケレン味たっぷりの解決編で魅せてくれる。
これほどまでに「エンターテインメント」の言葉が似合う本格作家は、そういない。
個々の作家も作品も、それぞれの個別性によって評価されるべきであるから、国やルーツから「色」を見いだすのはナンセンスだと思っているのだが――それでも、出版社ごとの「色」があると仮定するなら、文藝春秋のミステリーには独特の色があるというのが私の実感である。
世の中には、上質なアフタヌーンティーを味わうような本格ミステリーもある。だが、文藝春秋の本格ミステリーを読む時、私はいつも、ロックフェスに参加するような気持ちになる。
エンタメの王道からどんでん返しの波状攻撃を繰り出すジェフリー・ディーヴァー。
ショッキングで胸焼けするようなツイストと奇妙な語りに酔うジャック・カーリイ。
本格ミステリーの境界線さえ踏みつぶしていく悪趣味の権化、マイケル・スレイド。
素早いどんでん返しのつるべ打ちに思わず快哉を叫ぶセバスチャン・フィツェック。
登場人物を容赦なく痛めつけ、読者さえ陰惨の沼に落としたピエール・ルメートル。
ショッキングで、ビザールな独特の「色」。
心を掴んで離さないエンターテインメント性。
そこでは、ノレる音に出会えるかが全てになる。
今、その系譜の中に、スチュアート・タートンが颯爽と現れた。
彼の特徴は、サービス精神旺盛な盛り込みぶりと、その中心を貫く端正な謎解きミステリーのセンス、そして、「巨大な嘘(Enormous Lie)」を組み上げる才気である。
2 イギリスの「私」
私が今回、解説を拝命したのは、私が大のスチュアート・タートンファンというのもあるのだが、実はもう一つ事情がある。邦訳第二作『名探偵と海の悪魔』刊行の告知が出た際、評論家の千街晶之氏により、タートンが「イギリスの阿津川辰海みたいな作家」と評されたことだ。
確かに、私がタートン作品を溺愛するのは、作風に強いシンパシーを覚えるからだ。では自作のどのような点に……というのを語ると、あまりに手前味噌になってしまうので、ここは私のデビュー作『名探偵は嘘をつかない』文庫版の、石持浅海氏の解説を参照してみる。