書評

患者と医師の絆こそ

文: 久坂部 羊 (作家・医師)

『僕は人生を巻き戻す』 (テリー・マーフィー 著/仁木めぐみ 訳)

 ここがこの作品の出色である。優秀な不屈の医師が、事実上、患者を見捨てる。通常のおめでたいストーリーではあり得ない設定だ。しかし、ここから状況は思いがけない方向に進む。だれよりも深く信頼し、誠心誠意治療してくれたマイケルの涙を見て、エドが変わるのだ。彼はマイケルを失望させた強迫性障害を心から憎み、病気から自力で這(は)い上がることを決意する。エドは必死に病気と闘い、自ら行動療法に取り組み、徐々に症状を軽快させていく。

 約一年後、見ちがえるほど自立したエドが、サプライズとしてマイケルに再会する場面は感動的である。

「著者あとがき」にもある通り、マイケルはエドを回復させることができなかった。エド自らが病気と闘い、症状を軽快させたのだ。病気が治っていないという意味で、この作品はサクセスストーリーではない。むしろ失敗物語である。にもかかわらず感動的なのは、ここに嘘やきれい事がいっさいないからだ。病気に苦しむ患者と、病気を治せない医師の泥沼のような闘いが、真摯に描き出されている。

 現代は「心の病の時代」と言われるほど、多くの精神障害がある。アメリカ精神医学会の分類(DSM-IV)を見ても、「気分障害」「不安障害」「適応障害」など、いつ自分がなるかもしれない病名がいくつも並んでいる。二〇○八年には、うつ病などの労災認定が二六九人と過去最高となり、うつ病患者総数は、今や一〇〇万人を超えている。エドほど極端でなくとも、何らかの精神障害を抱える危険は、だれにでもある。不登校や引きこもりなど、人生とうまく折り合いをつけられない人も少なくないだろう。エドとマイケルの物語は、そのような人々に、病気を克服するターニングポイントを示唆してくれるのではないか。

 エドが症状を克服したのは、必ずしもマイケルの治療のおかげではない。マイケルを悲しませたくないというエドの強い思いが、病気に打ち勝つ力を生み出したのだ。病気はあるが、何とかやっていける。それでいい。その気持を支えに、エドは結婚して二人の娘を持つにまで回復するのだ。

 医師はすべての病気を治せるわけではない。しかし、ありったけの誠意を注げば、患者の無限の可能性を引き出すことができる。そういう意味で、本書は患者にも医師にも、勇気と希望を与える作品である。

僕は人生を巻き戻す
テリー・マーフィー・著 , 仁木 めぐみ・訳

定価:1500円(税込) 発売日:2009年08月28日

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