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「痴呆症」をきちんと理解する大切さ

「痴呆症」をきちんと理解する大切さ

文:久田 恵 (ノンフィクション作家)

『親の「ぼけ」に気づいたら』 (斎藤正彦 著)


ジャンル : #趣味・実用

 が、正直に言って、私は本書を読むことで、ようやく、ほんとうにようやく、父に起きたことを理解し、その事実をまっすぐに受け入れる気持ちになり、心が落ち着いた。つまり、「ぼけ」が進行していくと、物が覚えられなくなるだけではなく、元々の記憶までこぼれ去り、判断力や認識力をなくし、ついには自分の身体のコントロールまで失っていくのだということ。症状には、周辺症状と言って、当事者の性格や環境や介護のやり方で生じるものが多くあり、それらは介護の方法次第で消失できるのだということなど。

「痴呆症」と呼ばれる病気のメカニズムをきちんと理解することが、これからの介護のためにどれほど大切か。

 その理解がないと、一生懸命やっているつもりが、当事者のサポートにちっともなっていなかったり、あらぬ葛藤を生じさせていたりするのである。

 事実、私はなんとか父を元に戻そうと、ドリルを一緒にやったり、碁を勧めたり、筋トレを強いたりして、「できなくなった自分」と向き合わせ、かえって自信を喪失させるようなこともしてしまっていた。

 というのも、いわゆる「痴呆症」の人には、病識がない、と書かれていたものを読んでいたため、「物忘れ」のひどさに落ち込む父は、単なる高齢ゆえと思っていたし、日に何度も出掛けてしまう父が「お前を探しに」とか「コーヒーを飲みに」とか「散歩に」と、その度に理由を言うので、これは「徘徊」ではないのだから、いわゆる父は「痴呆症」ではない、と思っていた。いや、思いたがっていた。

 それはたぶん「痴呆」という言葉への抵抗感、「痴呆症」とか「ぼけ」とかあからさまに言われるとなにか父の尊厳が傷つけられるような心境になるということもあった。けれど、本書に記述されているどの事例もどの解説も、介護者や介護される人たちへの優しさに満ちていて、そういう単なる言葉への抵抗感などは払拭させられてしまう力があった。

 長い介護体験の中で、私は、医療現場の高齢者へのまなざしのひややかさ、介護者への理解のなさをいやというほど思い知らされてきたが、臨床の現場や介護者の体験からさまざまな発見をし、その専門性を磨いてこられたにちがいない著者に、読み終えて敬意を覚えずにいられない。家族介護の当事者ばかりではなく、効率化とマニュアル化が進行しかねない施設介護の現場にもこのような本が活用されることを心から願いたいと思った。

親の「ぼけ」に気づいたら
斎藤正彦・著

定価:本体750円+税 発売日:2005年01月20日

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