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天下人・家康を狙う猿飛佐助の超人的能力と、それを追う伊賀忍者の悲哀とは!?

天下人・家康を狙う猿飛佐助の超人的能力と、それを追う伊賀忍者の悲哀とは!?

文:末國 善己 (文芸評論家)

『佐助を討て 真田残党秘録』 (犬飼六岐 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

『風神の門』のテーマを継承しつつも、現代人がより共感できる物語を作り上げたのが、本書『佐助を討て』なのである。しかも作者は、宮本武蔵に敗れた吉岡家の末裔を主人公にした『吉岡清三郎貸腕帳』、傘張りと俊足だけが取り柄の浪人の視点で由比正雪の乱をとらえた『叛旗は胸にありて』、尾張藩下屋敷に実在した宿場を模した町「御町屋」で連続殺人事件が起きる時代ミステリー『蛻』といった異色作を発表している犬飼六岐だけに、本書も一筋縄ではいかない作品になっている。

 十勇士が登場する作品は、豊臣家を苦しめる悪玉の徳川家に、幸村率いる善玉の十勇士が戦いを挑む展開が多く、中でも佐助と才蔵は常に主役級の扱いだった。ところが本書は、身体能力も、忍術も、頭脳も並外れた忍者界の“生ける伝説”ともいえる佐助を討ち取ることを命じられた徳川方のごく普通の忍びを主人公にしているので、佐助と十勇士は仲間を殺戮する不倶戴天の敵――つまり悪役とされているのだ。

 慶長二〇(一六一五)年五月、豊臣家を滅ぼした家康は、七月に元号を元和に改め、太平の世になったことを宣言した(いわゆる「元和偃武」)。もはや家康の前に立ちはだかる者はいないと思われたが、夜になると佐助の悪夢に苦しむようになる。

 大坂夏の陣で幸村隊の猛攻を受けた家康は、馬印を倒され、家臣を楯にして命からがら撤退した。その時、家康は、霧隠才蔵が家臣の首を刎ねて血ののろしを上げるのを見たが、それ以上の恐怖を与えたのが、気配を消して自分の近くまでやってきた小柄な男、猿飛佐助だったのである。それ以来、現代的にいえば心的外傷後ストレス障害(PTSD)で佐助の悪夢を見るようになった家康は、服部党に豊臣の残党狩り、実質的には佐助の抹殺を命じる。だが服部党は任務に失敗、今度は伊賀組に佐助の殺害を命じる。そして物語は、伊賀組の忍び壬生ノ数馬が、伊豆天城山中で、佐助が暮らす猟師小屋を襲撃する部隊の一員として、配置に付くところから始まる。

 待機する数馬の前に、なぜか祖父の右京介の生首が転がり、その直後に猟師小屋が爆発、炎の中から現れた佐助は仲間を殺して姿を消す。何とか生き延びた数馬は、佐助をおびき寄せる餌として、三好晴海入道を迎えるため備後の山寺へ向かう。

 作中では、晴海と佐助の縁が深いとされているが、これは幸村から情報収集の命を受けた佐助と晴海が、諸国を旅する講談ではお馴染みの趣向を踏まえた設定と思われる。この他にも、十勇士ものの定番エピソードを知っているとより楽しめる展開も多く、伝統を受け継ぎつつ新しい物語を作るという著者の心意気が伝わってくる。

 佐助を見た数少ない忍びとなった数馬は、その後も佐助と十勇士の残党を討つため全国を駆け回り、常に最前線で戦うことになる。そのため、物語の舞台は、彦根の城下町、東北の雪山、駿河の湿地帯と幅広い。数馬が命じられる任務も、怪力の晴海入道と戦う肉弾戦もあれば、夫婦を装った探索行、一撃必殺が要求される狙撃、さらに自らが餌になる決意を固めた家康を守る警護などバリエーションに富んでいて、章が変わるごとに異なる種類のサスペンスが楽しめるようになっている。これに、佐助が右京介の首を斬った理由や、数馬が憎からず思っている雪乃、数馬に想いを寄せている麻耶の三角関係などもからんでいくので、息つく暇もないのではないだろうか。

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佐助を討て 真田残党秘録
犬飼六岐・著

定価:本体680円+税 発売日:2015年09月02日

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