
〈特集〉石田衣良@アキハバラ
・〈対談〉おたく人生を全うするのも悪くない 五條瑛×石田衣良
・『ブルータワー』そして『アキハバラ@DEEP』 池上冬樹

五條瑛(ごじょう・あきら)
大学卒業後、防衛庁に就職。主に極東の軍事情報、国内情報の分析を担当する。退職後、1999年、「プラチナ・ビーズ」でデビュー。2001年「スリー・アゲーツ」で大藪春彦賞受賞。近著に『ヨリックの饗宴』がある。
石田衣良(いしだ・いら)
1960年、東京生まれ。成蹊大学卒業。97年、「池袋ウエストゲートパーク」でオール讀物推理小説新人賞受賞。2003年、「4TEEN」で直木賞受賞。近著に『1ポンドの悲しみ』『約束』『ブルータワー』がある。

――新刊『アキハバラ@DEEP』は、社会に適応できずに漂泊していた男の子たちと女の子が力をあわせて、自意識をもったデジタル生命体「クルーク」を開発し、未来社会の父と母になるという一種の創世記で、ネット生命体自身がつむぎだす物語としてダイナミックに展開されています。何といっても、その舞台を秋葉原にしたということで、リアルとファンタジーが一気にシンクロしているという感じがします。
石田 そもそも「秋葉原を書こう」と思ったのは、五條さんとの話でインスパイアーされたんですよ。
五條 そう、時代は秋葉原だって話。確か、忘年会で鳥鍋食べたあとでしたね。五年くらい前かな。
石田 いきなり始めたんだよ(笑)。いま秋葉原にはまってる、って。
五條 あのころ秋葉原はコスプレ喫茶やコスチュームの店も盛んで、わけのわからない連中がけっこう出没していたんですよ。怪しいインド人がバッタもののカルティエの指輪を三十円で売ったり、免税店で買ったバッグをOLに高値で売りつけたり、そういう得体の知れない連中と遊んでいて、すごく面白かったんです。ゲーセンには腕利きが集まって、ゲームのランカーを決める大会を夜中開いたり。いろんなおたくが集まってるから、どんな人が行っても全然恥ずかしくないという雰囲気がありました。
石田 そういう話をきいてるうちに盛り上がってね。ぼくも子どものころから秋葉原にいくのが楽しみで、大好きな街だったから、“じゃ、秋葉原書こうかな”とやり始めたら、二年半という大変な連載になっちゃったんですよ。その怪しいインド人が、小説ではアジタという謎のブローカーになりました。
取材という名目で何度も歩けて楽しかったな。世界最大にして最強の電器市場で、街全体がどんどんソフト化しているというか。そこにおたくの人が各地からやってくる。日曜日の裏通りのパーツ屋さんあたりなんか、ラッシュアワーのホームなみの混雑ですよ。グルグル回っていると、盗聴器とか裏のDVDとか怪しげなグッズもいっぱいある。好きな人にはたまらないだろうね。そのグチャグチャ感が、いまの日本の面白さかもしれないです。行くたびに細々とくだらないものを買って帰りました。
ラジカセブームの中学時代
五條 子どものころの秋葉原って、どんなでした?
石田 そのころは、白物家電と音響機器がすべてなんですよ。ぼくたち、中学生になってすぐにラジカセブームというのがやってきましてね。ラジカセでエアチェックする。で、そのためのテープを買いに行くというのが毎月の仕事だったんです。すごいエアチェックをしてたので、TDKのSAというカセットテープを一ダースずつお小遣いで買ってきては録音するわけ。どこの店が安いか、足を棒のようにして探しましたからね。そんなふうにずーっと通っていたなじみの街を舞台に何か書けるというのは、楽しいですね。
五條 ええー、三十年前からの構想ですか? じゃあ『大菩薩峠』だったのか、これは(笑)。
石田 小説に登場する迷彩服の戦闘美少女は、五條さんがモデルなんですよ。
五條 アキラさん、いいですね。コスプレと格闘技で、時代にぴったりじゃないですか。作品の中であの人がいちばん動きがあって、ことを起こすときのきっかけに必要ですね。
石田 あのアキラは書いていてすごく楽しかったですね。強くてきれいで健気で。
五條 話の終わりがきれいでいいですよ。私、後味の悪い小説はすごく嫌いなので、ああして希望をもたせて終わるというのは、すごくいいと思いました。
キャラ的にはもちろんアキラという非常に動ける子もいいんですが、それをとりまいている男の子が、社会に順応できないおたくでも、他人を傷つけて生きているのではないという設定が、非常に可愛らしくてよかったですね。
『池袋ウエストゲートパーク』もそうですけど、こういうおたく系の男の子を書くときというのは、非常に生き生きしてますよね。ものすごくビジュアルも浮かぶし、気持ちも入れられる。つきあいたくはないけど、友達にこういう男の子がいてもいいかなと。
石田 あ、つきあいたくないんだ。
五條 きっぱり、つきあいたくありませんよ、私は(笑)。
――確かに六人の若者たちは、ひどい吃音だったり、ひきこもりだったり、不潔恐怖症だったりで、みな現実社会に対しては適応障害をもっていますね。それがネットを通じて知り合い、連帯感で結ばれていく。
石田 ああいう、ちょっと病気の子を書くのが好きなんですよ。病気だけど、明るく前向きみたいな。で、自分の弱点みたいなものが裏返って、あるときすごくいい切り札になったりする。そんな状態の少年たちを書くのは好きですねえ。みんな頑張れよ、という気持ちになるんですよ。
おたくには年齢がない
五條 私は最近よくある、壊れちゃった自分は可哀相、みたいな話は大嫌いなんですよ。壊れて人を傷つけたり殺したりして、でもそれは時代の病を背負ったナーバスな人間だから、という話は受け入れられない。それに比べると、壊れてはいるけれど、暗い部分を他者に向けないという、この男の子たちの性格のよさには非常に好感が持てました。
石田 ぼくも、病理を描いて、人間の暗い部分、悪い部分、厳しい部分だけをひきだすというやり方は、あまりしたくないんです。それをやると、書く側だけが救われてしまうところがある。読む側にはいやなものを渡して、自分だけは救われて、というのはどうかなあという気がしますよ。
いまは時代的に厳しいものがありますよね。いろんなことですごく揺れて、基準というのがどこにあるのか全然分からない。でも、個としての自分を作り上げたいという気持ちは強くあると感じます。
だからこそ、世の中から少し外れた病気っぽい子が、力をあわせて何かを成し遂げていく、その成長の物語というのが好きなんです。そういうものを書いているのがいまは楽しいですし、読者とフィットしているのかもしれないですね。
五條 わたし的には、最後のほうで、あの子たちはずいぶん大人になったなあと感じましたね。最初に出てきたときというのは、二十歳過ぎているわりにはダメな男の子ばかりでしょう。それがちゃんと会社を作ってやっていくようになる。非常に成長していくんですね。
石田 そうなんですよ。「クルーク」という、いままでにない人工知能を持った不思議なソフトをつくるためにみんなで頑張る。それこそ寝食忘れる感じで打ち込んで。そうやって働いて何かを世の中に生み出していく。その過程で大人になっていったんです。一つの目標に、みなが向かってやり遂げる。
で、大事なのは、そのやり遂げたことに関して、ある種の反応が世の中から返ってくることだと思います。それを彼らはちゃんとうまく得ることができました。なおかつ「クルーク」を作っていく過程で、巨大な組織と闘わなければならなくなった。何かのために闘うという試練を乗り越えることで、だんだんしっかりしてきたなという気はするんですけどね。
五條 さっきも言いましたが、アキラはいいですね。かしずかないとかなびかないというのは、若いときの特権だと思うんですよ。その特権をフルに生かしている女の子というのは、やっぱり魅力的です。コスチュームも、基本的には陸軍ですけど、バージョンも多彩で。
石田 はい。あらゆる国の迷彩を着せたって感じがします。スイス、アメリカ。アメリカでも、ベトナム戦争から湾岸戦争まで。
ああいう女の子の戦闘シーンを書くのは楽しいですね。『エヴァンゲリオン』のような感じになりますよ。
五條 世の男は闘う女が好きですからね。
石田 ほんとに?
五條 強い女に守られるというのは、男の永遠の願望ですよ(笑)。“それが男の夢だ、この夢を達成するためならどんなことでもする”なんて、訳わかんないことを一時間くらい喋りつづける男もいるんですよ(笑)。
でも、アキラさんは女の幸せには遠いんじゃないかな。そのへん、他人事じゃなく、ほんとに気になって(笑)。
石田 やっぱりああいう子は、スターになって終わるんです。みんなが好きになる人というのは、孤独になってしまうものなんですよ。
――舞台としては秋葉原という先鋭的な街を選ばれたわけですが、男の子たちは、みな自分たちの夢をかなえることで世の中とつながっていこうとしています。その意味では、ずっと昔から展開されている、頑張る少年たちのスタンダードな物語という感じがします。
石田 そのへんは、ぼくの小説のひとつのパターンという気がしますね。『4TEEN』も『池袋ウエストゲートパーク』もそうですし。
小説っていうのは、なんだかんだ言っても、たくさんの人の心から力をもらうものなんです。なので、人々に悪いものは返したくないと思いますね。本当に、作る側が一方的に尖っていくと、空中で咲く花みたいになってきちゃいますから。最初の一花、二花はきれいかもしれないけれど、やっぱり大勢の人の心とつながらないと、力は失せて、もう花は咲かなくなる。
先鋭的になることでどんどん人から離れていって、結局は先細りになる。純文学にしろSFにしろ、二十世紀後半の芸術の歴史はそんな感じでしたから、ちょっとは反省しないといけないですね。そこで数々の屍(しかばね)を見てきたというか。
でもぼくは、いまはもう次の新しいサイクルに入ったと思っているんですよ。
五條 「一億総おたく化」といわれてもう久しいですから。結局みんなおたくですよね。
石田 そうそう。
五條 情報が早くなったから、好きなことに関しては、ぱーっとすぐに集められるじゃないですか。だからいまは、みんな何がしかのおたくですよね。
石田 最低限のラインで普通に生きるんであれば、何をやっても生きていける。さて、じゃ残りのことはといったら、あとは自分で楽しむだけで自分の世界を満たしたい、そんな人が増えたんじゃないでしょうか。でもぼくはそれは決して悪くないと思うんですよ。
五條 この小説に出てくる男の子の平均年齢は二十歳を過ぎてますけど、かなり幼い感じですよね。それもおたくの特長ですね。
石田 おたくの子たちって、だいたいあんな感じだよね。年齢がないんですよ。あるところでカチッと止まってしまって、それ以降の経験がすごく限られる。アルバイトだけやって、休みの日には秋葉原にいるという暮らしを十年やったら、人間変わらないですよ。
でも、ぼくは、みんながいうほどそのことは悪くないと思うんですよ。フリーターだってニートだって、自分の準備ができれば行けばいいのであって、会社に入っても、ろくでもない会社が多いですから。
五條 そう。世の中の生き方って、結局二つしかないわけですよ。組織に入って順応するか、個人でやるか。順応できないんだったら、自分で何かやるしかないんです。組織に入れない側だと思ったら、できないなりの生き方をするべきだと思いますね。
SF版「池袋イン秋葉原」
石田 焦燥感というのは、どんな立場にあっても逃れようなくありますからね。だから、どうしても社会に出て働けないというんであれば、おたく人生を全うするのも悪くないんじゃないかなと。
五條 ここに出てくる子たちは、求める気持ちがすごくあるんだと思いますよ。小説の最後の言葉じゃないけれど、よい人生にはよい探索が必要なんですよ。
石田 ああ。あのスローガンは、ぼく、好きですね。ほんとに探すことだと思いますよ、生きるということは。人間って不思議だけど、探しているもの以外のものは見つけないからね。何かを探す、ということが大事なのかもしれないね。
ほんとに秋葉原にいるおたくの子たちは、いま何を探しているんだろうね。アニメのトレーディングカードを山のように買って、少女ゲームとかやって。
五條 でも、秋葉原にたむろしている子たちというのは幸せですよ。たむろする聖地があるから。
で、秋葉原にたむろしているおたくのなかの才能あるものは、世の中に出て行けることをみんな知っています。少なくともあそこは何もない砂漠じゃないんですよ。もしかしたらすごい鉱脈にあたるかもしれないことを、みんな知っているんですね。
石田 そうだね。ゲームとかアニメというソフト系のものに関していえば、秋葉原は原宿と一緒でスカウトされる地ですよね。
五條 そう。誘われる地だし、ビジネスも起こせる。あそこは決して不毛の地じゃない。
石田 そういうこと全体が、いまの日本の文化を表わしているんじゃないかと思いますよ。裏通りのカルチャーに案外力があって、世の中を動かしている。日本のマンガとかエンターテインメント関係の輸出額ってすごいものでしょう。何兆円とかいってますから。
五條 美少女エロゲーひとつをずーっと一生作っていく人でも、普通にビジネスやれる時代ですよ。ある種の希望の地といえます。
石田 多分、地方にいる人で、この小説を読んだら、ちょっといってみたいと思う子が出てくるよね。地方在住のおたくなんか、とくにそう。自分の身のまわりには、おたくを理解してくれる人なんて全然いないわけでしょう。そういう点では素晴らしい聖地という感じがするんじゃないかな。実際どんな感じなのか、読んだあとに秋葉原の街に、ちょっと遊びに来てほしいな。
でも、ほんとに不思議な小説になりましたね。小説って書いているときには、どこに目的があるのか本人にも分からなくて、謎のソフトを作っている感じでしょう。それでも仕上がって本という形になると、別の世界に連れて行く力を持つ。この小説はSF版「池袋イン秋葉原」みたいな、分類不能の世界になりました。
アキハバラ@DEEP
発売日:2006年09月20日
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