すべてのミステリ・ファンにおすすめできるミステリは、実はそれほど多くない。
数あるジャンル小説のなかでもミステリは最大級のファン数を持つが、反面、「ミステリ」と呼ばれる小説はとても多様で、ファンの好みも多様だからである。トリックや意外な犯人を重視する保守本流、手に汗を握らせるサスペンスやスリラー、犯罪を通じて社会や人間のありようを描く社会派、現代都市での洒脱なヒーロー物語たるハードボイルド。ホラーとの境界にある作品だって無数にある。これらすべてが「ミステリ」である上、ミステリの楽しさを知ったばかりのひともいれば、たいがいの手口を知りつくしたマニアもいる。全員を同時に満足させるのは困難なのだ。
だが、ときには例外もある。そう、本書『さよならの手口』と若竹七海の「葉村晶シリーズ」は、すべてのミステリ・ファンにおすすめできる稀有な作品群なのである。
「あとがき」にあるように、本書は、「葉村晶シリーズ」の十三年ぶりの新作長編である。ここで大急ぎで断言しておくと、本書を楽しむうえで“前作を読んでいる必要はまったくない”。むしろ本書のあとに過去の作品を読んだほうが、まだ三十歳ちょいだった葉村の仕事ぶりを、より清新なものとして味わうことができるだろうと思う。
一方、葉村晶の過去の活躍――『プレゼント』『依頼人は死んだ』『悪いうさぎ』――を知るかたは、きっと彼女の帰還に喜びの声をあげているはずだ。いかなる悪意にさらされようともへこたれなかった彼女は、煙草をやめ、年齢を重ねても、昔と変わらぬ頑固なクライム・ファイターとしてここにいる。安心して本書を繙(ひもと)いていただきたい。
とはいえ、かくも長いブランクのあとである。私も読むまでは不安がなかったといえば嘘になる。しかし、読み終えて私がまず呟いたのは、
なんて贅沢なミステリなんだろう!
というひとことだった。この『さよならの手口』という長編ミステリには、すくなめに見積もっても長編三冊ぶんプラス短編三本ぶんのアイデアや仕掛けが、惜しみなく投入されているからである。原価率がやたらと高いのだ。
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