さて本作で葉村晶は私立探偵ではなく、古本屋のバイト店員として登場する。前作『悪いうさぎ』までは探偵事務所に雇われるフリーの探偵だった彼女だが、事務所が廃業。探偵稼業に疲れてもいたので充電期間に入っていたところを、元編集者・富山泰之の声がけで、彼が経営するミステリ専門書店《MURDER BEAR BOOKSHOP》でバイトをはじめたのである。ときには遺品整理屋のツテで遺品から「出物」のミステリを探すこともあって、『さよならの手口』も、そこからはじまる。本の詰まった押入れを探っているうちに床を踏み抜いてしまい、床下に埋められていた白骨死体に出くわしてしまうのだ。
と、ここから十数ページの展開がまずもって素敵に意外なのである。まるで007だ、と私は思った。007映画ではタイトルが出る前にジェームズ・ボンドのキレのいい活躍が描かれるのがお約束だが、この白骨死体の謎もそれ。つまり本題の前に一仕事あるわけで、このオープニングは、これからはじまる美味なミステリ本編への期待感を、気の利いたアペリティフのように高めてくれるのです。
そして開幕するのは、私立探偵小説の定番、失踪人探し。元スター女優・芦原吹雪を依頼人に、二十年前に失踪した娘・志緒利を葉村は追うことになる。だが過去に二度、プロの探偵による調査が行われていて、いずれも志緒利の行方を割り出せなかった。しかも最初の調査を担当した有能な元刑事は、調査を完了せぬまま姿を消していた……。
何より見事なのは、「失踪人探し」という依頼から、多数の謎が生まれることだ。芦原吹雪はシングルマザーであり、志緒利の父親が誰なのか語らない。この「父親は誰か」が第一の謎。父親候補が大物政治家であるため、政界の闇も見え隠れする。探偵の失踪の真相が第二の謎。志緒利の“はとこ”が絞殺された事件が第三の謎……といった具合に、葉村の調査が進むにつれて、いくつもの秘密や犯罪が顔を出す。本書前半は、失踪事件という小さな謎が巨大な謎の塊に成長してゆくサスペンスに満ちているのだ。
物語の転回点は16章。驚いたことにそれまでカギだと思われていた謎が、ここで解かれてしまうのである。実際、この章での葉村と吹雪の対話はスタンダードなハードボイルド・ミステリの最終章の筆致で書かれていて、ここで終わっても「家族の悲劇」を描く正統派私立探偵小説として端正に仕上がっているなあ、と納得させられそうになる。しかし待て、この本はまだ二百ページ以上も残っているのだ!
そこからは、葉村の動きとともに、いくつもの謎や嘘や策謀や秘密が、解明と暴露と発生をめまぐるしく繰り返す怒濤と化す。さきほど、「この作品の『本編』は吹雪を依頼人とした失踪人探しだ」といったが、じつはこのプロットに並走するように、他にも小さな事件が起きていて、そちらの事件で葉村は警察とのトラブルを抱えることになるから、そちらの解決も深刻な問題である。一方で志緒利探しも成長と転調をくりかえし、いくつもの死が掘り出され、最後には恐るべき「怪物」が顔を覗かせる……