- 2016.11.17
- 書評
家族崩壊の問題に真正面から向き合いながらも物語が軽快さと明るさを持ち続ける理由
文:速水 健朗 (ライター)
『だから荒野』 (桐野夏生 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
朋美と浩光の夫婦の関係性もクルマを通して描かれている。浩光は、いつも会社に行く際に、マンションから駅まで朋美に送らせている。「ママタク」である。だが週末は、浩光がクルマを独占する。趣味のゴルフに行くのだ。夫の都合に合わせるだけの人生なのだ。
森村家の「マイカー」は、日産のファミリー向けセダン2003年製ティアナ。2003年に発売された新車種である。「クルマにモダンリビングの考え方。」のキャッチコピーで、カルロス・ゴーン就任後の日産から発売された世界戦略車である。森村家がこのクルマを買った当初は、バリバリの新車の高級セダンだったはずだ。10年経って高級車の威光は消えてしまった。くたびれてきている。もちろん、それは家族の関係性の摩耗とも重なる。
とはいえ、朋美が家を出ることを決意するにあたり、このティアナは重要な役割を果たす。勢いで自分の誕生日のディナーの途中で席を立った朋美だが、とりあえずセブン- イレブンの駐車場にクルマを停めてゆっくり「これからどこに行くか」について思いを巡らす。彼女の移動の自由を与えたのは、夫の所有するETCカードとこのティアナなのだ。
このクルマがなければ何にも始まらなかっただろう。とにかく「高速で遠くまで行ってみようか」と朋美は「猛々しい」ところを発揮する。気ままな夜のドライブのつもりが、いつしか1人での旅に変わり、そして家族との決別を意識した長崎までの長距離旅行へと変化していったのだ。
一方、カーステでかかる音楽にも触れておこう。出発直後のBGM『ボレロ』は映画『愛と哀しみのボレロ』で使われていた音楽だった。一方、彼女が旅の途中でCDを購入するのがローリング・ストーンズのアルバム『刺青の男』である。どちらも1981年に公開・発表されている。朋美は、10代半ばだった時代に無意識に戻ろうとしている。友人知佐子との会話では、中学時代の初恋の相手宮内繁の話で盛り上がっている。
朋美が森村家を出た後、新しい「マイカー」、メルセデス・ベンツC250が導入される。こちらは、朋美も欲しいと思っていた夢のベンツ、Cクラス・ステーションワゴンだが、夫の浩光が熱を上げるゴルフ仲間の小野寺百合花のゴルフの送迎のため、鼻の下を伸ばしながら中古車販売店で速攻購入したものだ。これもまた象徴的に描かれている。このクルマで浩光と長男が2人でドライブをして、お互いを再発見し合う場面もある。
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