書評

家族崩壊の問題に真正面から向き合いながらも物語が軽快さと明るさを持ち続ける理由

文: 速水 健朗 (ライター)

『だから荒野』 (桐野夏生 著)

 小説の屋台骨は、あくまで朋美の長崎までの気ままなドライブである。その道中がどのようなものだったかは、本編の楽しみどころなのでここでは触れないとして、彼女が辿る足取りはトレースしておくべきだろう。

 東京近郊から東名高速に乗り、途中、御殿場のアウトレットモールでショッピングを済ませ富士川サービスエリアを経て浜名湖サービスエリアへとクルマを走らせる。その先は、名神高速道路に入り、宿泊施設が設置されている多賀サービスエリアで一泊。さらには山陽自動車道の白鳥パーキングエリアで新たな登場人物が加わる。広島の宮島サービスエリアでとある事件に出くわすが、新たな出会いもあり、九州へと入り最終到達地点は長崎である。

 観光地巡りというわけではない。あくまで朋美にとっては、家族から離れて自分の人生を取り戻すための旅。つまりは、自分探しの旅である。とはいえ、この旅程は朋美の自覚とは関係なく鎮魂の意味を持っている。

 彼女が巡る土地は、高速道路で神戸を経由し、広島を通過して、長崎にたどり着く。阪神淡路大震災の被災地、さらには広島、長崎は原爆が投下された場所だ。さらには、ドライブルートにはないが、別の登場人物を通して東北の被災地へも接続される。

 こうした日本近現代史における「大量死」をなぞる朋美のドライブルートは、物語後半に登場する老人山岡が披露する“思想”によって「家族」と結びつけられる。

 こう書いてしまうと重いテーマを背負った小説のようだが、そうではない。この物語が軽快にドライブしていくのは、「猛々しい」朋美のあっけらかんとしたキャラクターに負うところが大きい。ただでさえ家族がばらばらになっていく話ではあるのだが、個々のキャラクターの気ままさが、物語に奇妙な明るさを与えている。家族周辺の人物もまるで信用できない連中だが、陰惨さはない。常に移動している小説であることも、ドライブ感を物語に与えているのだろう。

 ロードムーヴィならぬロード小説。この家族の「マイカー」であるティアナがどういう運命を辿るのか。物語の脇を固める小物とはいえ、ここが重要ポイントである。家族の行方と重ねて気にかけて読んで欲しい。

だから荒野
桐野夏生・著

定価:本体780円+税 発売日:2016年11月10日

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