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『真夜中の相棒』解説

『真夜中の相棒』解説

文:池上 冬樹 (文芸評論家)

『真夜中の相棒』 (テリー・ホワイト 著 小菅正夫 訳)

出典 : #文庫解説
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 射殺事件を捜査するのは、刑事のサイモンだった。サイモンは事件に入れ込み、家族をかえりみなくなり、ひたすら顔の見えない殺し屋を追い求めていく。

 物語は三部構成で、第一部はマックとジョニーと殺し屋稼業、第二部は殺人事件捜査にのめりこむサイモン、第三部は追う者と追われる者の対決が描かれる。一九八三年のアメリカ探偵作家クラブ賞最優秀ペイパーバック賞を受賞した作品であるが、意外と普通小説的な拡がりがある。ペイパーバック・オリジナルは娯楽色が強いものだが、作者は丹念にヴェトナムの戦場を描き、サイモンの妄執に近い捜査と壊れていく家庭生活を綴る。テリー・ホワイトがいいのは、何よりも繊細な感覚と、それを捉える文章である。

 たとえば、冒頭の戦場の場面で、マックが“目を覚ましたときはあたりは真っ暗だった。淡い月の光はあまりにも脆すぎて、彼らを包んでる闇を貫き通せないかのようだ”(二九頁)と、出会ってすぐのもどかしく不安定な心理を月の光に託して見事に描いている。無垢で純粋なジョニーは青色を好み、車もブルーのを買うのだが、その青ははじめから使われていたのだし、二人の関係が安定した第三部の冒頭では、ジョニーの視点から“月の光を浴びた静けさのなかに坐り、マックが眠るのを見つめ、夜の闇が褥のように自分たちをくるむのに任せることに満足していた”(三四八頁)と表現する。

 この描写を見てもわかるが、数はすくないものの、気取りなく自然に風景を描き、そこに心情を投影させている。この自然との感応は、四季が豊かで、短詩型の長い伝統のある日本文学の得意とするところであるが、テリー・ホワイトも、たんたんとたくまずに感情をうたいあげている(だからこそ日本人の読者にうけるのだろう)。その感情は、いうまでもなく、同性に対するシンパシーであり、精神的な愛である。

 作品が発表された時代はまだ同性愛に対する忌避感は少なからずあった。古典的なハードボイルド探偵に対抗して、一九七〇年代には新ハードボイルド探偵が続々生まれて、そのなかにはジョゼフ・ハンセンのゲイの保険調査員デイヴ・ブランドステッターもいたけれど、正面から同性愛を描くことよりもゲイの探偵が事件を調査するというニュアンスが強かった。それだけでも充分にセンセーショナルな出来事であったのだが。

 そういう時代的な制約のなかで、いかにして同性愛的な繋がりを描くのかという戦略が、作者のなかにあっただろうと思う。たとえばマックもサイモンも、女性と積極的に性的な関係をもつけれど、その最中に去来するのはジョニーである。性的な対象としてではなく、心にひっかかる存在としてジョニーを思い出しているのだが、性的昂奮のなかで同性の存在を喚起させる点には意味があるし、それに関してマックが決定的な問いかけをして己が欲望のありかをまさぐる場面もある。

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真夜中の相棒
テリー・ホワイト・著 小菅正夫・訳

定価:790円+税 発売日:2014年04月10日

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