短篇の名手の真骨頂! 8年ぶり、待望の書籍化。
――この度、『夕映え天使』以来となる短篇集『獅子吼(ししく)』が刊行されます。これには人情もの、ユーモアもの、戦争ものなど様々なジャンルの短篇が6篇収録されています。
浅田 表題作の「獅子吼」は、かなり長い間温めていた題材でした。僕は昔から小説にはほとんど動物を登場させません。なぜかというと動物好きなんです。今でも1人で動物園に行きますし、家には猫が5匹います。かつては猫が13匹、犬が1匹、鳥籠が3、4つなんていう、それこそ動物園のような状態のときもありました。だから書いていてかわいそうになっちゃうので、僕にとっては動物を登場させるのは自分では禁じ手です。例外としては短篇の「シエ(けものへんに解)」(『姫椿』に収録)ぐらいで、あれは猫の死から始まってシエという架空の動物が出てきますが、架空の物語だから書けたんです。
――戦時中、動物園で飼われていた動物たちの扱いが問題になりました。「獅子吼」ではその話を、動物園で飼育されていたライオンの視点で描いています。
浅田 戦争をする人間の愚かしさがより際立ったのではないでしょうか。戦時中に動物園の動物たちを処分した話はあまりにも悲惨なので、ほとんど伝わっていない禁断の歴史です。有名な話で一つだけ知られているのは上野動物園の象の話ですね。昭和32年に榎本健一主演で「象」という映画になりました。飼育していた象を餓死させることが決まり、飼育員のエノケンは苦しむ。そうすると象のトンキーが、褒美の餌をもらうためにエノケンの前で芸をするわけ。そのシーンの象が名演で、僕は小学生のときに見て悲しくて耐えられなかった。それに類することは日本中の動物園であったのではないかというところから、この短篇を考えました。
――同時代の話である「流離人(さすりびと)」では、転属地に行くつもりがなく満州をさすらい続ける「さすらい中佐」ならぬ桜井中佐が登場します。
浅田 資料によるとこういう話は実際にあったそうです。確かに役職にあぶれる階級が中佐だというのは、自分の自衛隊の経験からも納得できる。なぜかというのを若い読者のために簡単に説明すると、まず中佐というのはとても偉いんです。大佐と少佐の中間が中佐ですが、大佐は連隊長、少佐は大隊長、でも中佐は定数に見合うだけの役職がない。だから当然あぶれて、師団司令部付きとか、格は上なんだけどわけのわからないポジションになる。戦争末期には陸軍の規模も、平時の30万人から500万人に膨れ上がって指揮系統がぐちゃぐちゃになったからこんな風なことが起こったんでしょう。