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6篇の舞台の中で“人間”を描く。

6篇の舞台の中で“人間”を描く。

「オール讀物」編集部

『獅子吼』 (浅田次郎 著)

出典 : #オール讀物
ジャンル : #小説

――短篇に限らず、長編の『終わらざる夏』など、浅田さんには戦争を題材にした著作が多くおありです。浅田さんにとって戦争小説を書くということはどのような意味を持つのでしょうか。

浅田 僕が生まれたとき、戦争が終わってから6年しか経っていませんでした。だから周りは軍隊経験者だらけだったんです。でも親父も叔父も学校の先生も、ほとんどその経験を口にしなかった。人間は楽しかった記憶は語り継ぎますが、苦しかった負の記憶は語り伝えない。誰だって嫌な経験は話したくない。戦争体験というのはそういう塊だと思う。だから僕らの世代が戦争を忘れるか否かというのは一つのポイントであって、自分なりに小説にしていくのは大きな使命の一つだろうと思って戦争小説を書きつないでいます。

――そして「うきよご」は少し時代が下り、1969年、学生運動によって東京大学の入試が中止になった後の話です。私生児である和夫は無受験浪人の道を選ぶのですが、その和夫の姉は上京に際して親身に和夫の世話をする存在で、とても印象的でした。

浅田 こういう女性は普遍的な美しい人でなければならないわけだから、自分の中でモデライズしてはいけないと思うんです。だから特にモデルはいません。ただ、ある程度自分の好みのタイプは反映されると思います。あのお姉ちゃんは優しくて芯が強くって僕のタイプですね。

 和夫は僕と同じ世代の設定です。当時は東大と私学の学力の差や授業料の差が今よりもはるかに大きかったから、私学には行けないやつも珍しくなかった。だからどうしても東大という学生が多くて、東大の入試中止は深刻な問題でした。

――おなじ高度成長期の時代を描いた作品が「帰り道」ですね。工場のスキー行での恋愛模様が描かれており、当時の情景描写が郷愁を誘います。

浅田 僕も若いころよくスキーをやっていたんですが、夜行バスで行くと、工場から団体で来てるグループがいたんですよ。中学を卒業して集団就職したばかりのかわいい子がバスで隣の席になっちゃったりしてね。上越線の夜行準急はとても情緒があって、深夜に上野を出て延々と走り、水上あたりでは湯けむりが立ち始め、清水トンネルを抜けると一面の銀世界。でも週末の夜行列車はひどく混んでいて網棚の中で寝る人もいれば、トイレにも2、3人入っていた。男は一番後ろのデッキから用を足していたね。

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