
主人公である白水銀行審査部で一風堂を担当する調査役板東は、一風堂を見殺しにするか、それとも緊急追加支援要請するかの厳しい選択を迫られる中、事件の背景について独自の調査を開始する。
主人公の板東が籍を置く銀行の審査部は、通称「病院」とも呼ばれ、赤字や債務超過など、著しく業績の悪化した企業を担当する銀行の一部門である。この業界で言う「入院患者」とは、病人で言えば瀕死の重症であり、一風堂の担当がこの審査部に移されていることは、その経営が危機的状況に陥っているからに他ならない。
作者は、物語の開口一番、そのあたりの舞台や背景を、登場人物たちの多彩な顔ぶれを織り込みながら、手際よく読者に呑み込ませていく。まさに金融やビジネスの世界に通じたこの作家の自家薬籠中の技といっていいだろう。
そんな情報小説としての質の高さが、この作品の表向きのセールスポイントだとすると、その内側に秘められているのは、すぐれた社会性と正義感である。
主人公の板東は、なんでも課題を先送りにする銀行の保守的な体質に、きわめて批判的なバンカーとして描かれる。いわば改革派の彼は、生き馬の目を抜くセクショナリズムの荒波の中で、爆破事件の真相に迫る調査を続ける一方で、銀行内部の保守的な体制に楔(くさび)を打ち込んでいく。昨今の銀行業界の混乱ぶりを見るにつけ、作者の金融界に向ける厳しい眼差しに、胸のすくような思いを抱く読者は少なくないだろう。
かつての私のように、本作の『株価暴落』というそのものずばりのタイトルに、しり込みする読者もあるやもしれない。
しかし、そのタイトルのやけに乾いた響きとは裏腹に、この『株価暴落』には、連続爆破事件の容疑者とそれをとりまく人々のドラマと人間模様がきちんと描かれている。そのセンチメンタルでペシミスティックな部分だけをとりあげれば、金融ミステリという枠組みにそぐわないのでは、と危惧する向きもあるだろうが、その非常に実直で真摯な語り口が、それらの異なる方向性を、見事にひとつの物語にまとめあげている。
読み手の心を動かさずにはおかないという点では、タイプこそ違うが、作者のマイルストンとなった傑作『BT'63』に一歩もひけをとらない。そのストーリーテラーぶりを大いに称えたい。
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