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21世紀の警察小説

「本の話」編集部

『ビッグデータ・コネクト』 (藤井太洋 著)

サイバー犯罪対策課の刑事たちと、凄腕のハッカー。彼らがチームとなって、莫大な個人情報を狙う陰謀に迫る――『ビッグデータ・コネクト』は、“プログラムの書ける小説家”藤井太洋さんの面目躍如というべき作品です。これまで、『オービタル・クラウド』や『アンダーグラウンド・マーケット』など堂々たるSFを発表してきた藤井さんが、公共サービスを民間企業が運営する官民複合施設、取調べの可視化、ビッグデータと市民の監視といった「現在」のイシューにとりくんだ初めてのミステリーになります。

――そして中盤、武岱たちは問題のプロジェクトの開発現場に赴きます。あまりにもブラックな職場環境で衝撃的なんですが、ああいう現場は実在するんですか。

藤井 あると思います(笑)。ホテルに缶詰めになって毎日かわる仕様書と格闘するとか、人が逃げたりとかいう話を聞きますし、私自身、前職はソフトウェア開発だったんですが、私が見たことのあるひどい開発の現場というのもなかなかなものでした。私も「三月何十日」というのはやったことがあります。

――そうしたエンジニアの現場の問題がカギになって、今年の十月から全国民に割り当てられる「マイナンバー」が、本書での個人情報の危機を生み出します。

藤井 マイナンバー法についても、あるいは個人情報の扱いについても、省庁が出すリリースをひたすら読んで、フィクションで使えるのはここかな、みたいなものを積み上げていったんですが、新しいリリースが出るとごっそり削られてしまったりして、苦労しました。とくに個人情報に関しては、「これは個人情報としよう」と言っていた項目が次の月には「個人情報にあらず」というふうに刻々と変わっていて。本作に関係するものでは「顔紋」――個人の「顔」のデータ――の扱いが揺れています。顔紋は個人情報に準ずるものになりそうな雰囲気ではあるものの、顔紋のマトリックスのデータそのものが個人情報に相当するかどうかは微妙です。録画した映像はともかく、データ自体は個人情報にはならないような気がしますね、いまのままだと。

――ミステリーやスリラーに密接した法律や犯罪と、電子データやITが不可分になってきているということですね。

藤井 実はいま、「ITスリラー十戒」をつくろうとしているんです(笑)、まだ十戒全部そろっていないんですが。

――どんなものなんですか。

藤井 その1、《パスワードは推測できない》。もちろん、「真っ当なパスワードは」なのですが。「0000」とか「1234」とかみたいなものはともかく、一般に使われているパスワードは基本的に推測できません。なんらかの、かなり物理的な方法で盗む必要がある。

2、《暗号は解読できない》。いまどきの暗号は、何かの鍵を持っていないかぎり、基本的に解読できません。総当たりすればできますが、現実的ではない。アメリカは暗号の輸出規制をしていますが、例えばAESでは鍵の長さが128ビットに決められています。それを越えると、諜報機関で定められた時間、8時間なり4時間なりの間で解読できないからなんです。逆に言うと、国家レベルで解読しようとしてもそれだけの時間がかかるわけで、小説の登場人物が解読するのは、「素」の条件ではまず不可能です。

3、《通信は秘匿できない》。インターネットをつかう以上、独自の無線なんかを使うんでなければ、通信が行われたことは秘匿できません。それにプロバイダーや携帯電話会社にログは残ります。あと、4、《スマホの電池は一日で切れる》、ですね(笑)。拳銃の弾が無限に出るわけはないだろう、というのと同じレベルの話ですが。

さらに、5、《GPSの衛星は個人を追跡できない》というのもありまして。GPSは、GPSの信号を受け取ったスマホなどの端末が位置情報を作るんです。それをどこかに提出するからわかるんであって、GPS衛星のログなんかみても個人の位置なんて出てこない。衛星はひたすらタイマーのように時報を発信しているだけで、その時間のズレをみて位置を測定するというだけのものですから、「GPSで位置を追跡するぞ!」みたいのは、位置を取得しつつ、それをどこかに流すような端末を追われる側が持っていなければ不可能なんです。

あと、6、《ウィザード・クラスの人物はひとりだけにしよう》とかですね(笑)。

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ビッグデータ・コネクト
藤井太洋・著

定価:本体790円+税 発売日:2015年04月10日

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