2015.02.28 インタビューほか

たおやかなる少女のビルドゥングスロマン!
人気SF作家の新境地

「本の話」編集部

『薫香のカナピウム』 (上田早夕里 著)

たおやかなる少女のビルドゥングスロマン!<br />人気SF作家の新境地

第32回日本SF大賞を受賞した『華竜の宮』をはじめ、海洋SF巨編とでもいうべき壮大な海の物語で我々を魅了する上田さんの新作は、なんと「森」と少女の物語。赤道直下の熱帯雨林、地上40メートルの位置に広がる林冠部で暮らす少女の目を通して描かれる森の生態系はそれはそれは豊かで、読み進めるうちにいつしか自分も森のなかに響く音や、立ち込める香りに包まれているかのような感覚を覚えます。

森のなかでは“香路”が見える

上田 今回は、少女を視点人物にして書きました。私の作品では珍しいですね。きっかけは、14年ほど前に、科学雑誌で林冠生態系の研究に関心を持ったことで、これはアジアの熱帯雨林に関する調査リポートでした。アジアの熱帯雨林の植物は、ほとんどが「虫媒花」だそうで、日本のように「風媒花」が多い森とはちょっと様子が違う。熱帯雨林は昆虫と植物との共生関係が実に巧みで、それをベースに、小型動物、大型動物の世界がつながっている。多数の生き物が同じ場所で暮らす世界が完成されていて、これが大変面白かったので、本作を執筆する動機となりました。

――相利共生で成り立っている世界ですね。

上田 日本に住んでいると、森の生物を想像したとき、まず、林床を歩き回る動物を思い出してしまいますが、アジアの熱帯雨林には、生まれたときからずっと樹上生活だけで、一生、地面に降りない生き物が数多くいるそうです。地上40メートル附近から上の層だけで、ひとつの生活圏が成立しているんです。これはすごいと思いました。非常にイマジネーションを刺激されました。

――タイトルも印象的ですが、これはどこから?

上田 カナピウムというのは、ラテン語をベースにした造語です。林冠生態学では、熱帯雨林の林冠部を英語で“キャノピー(canopy)”と呼びますが、この語源がラテン語で〈天蓋〉という意味です。タイトルは、ここから頂きました。

――「薫香」という言葉からは「香り」「匂い」を想起します。

上田 葉が茂って向こうまで見通せない森の中で、主人公たちが自分の位置をどうやって把握するか――これに嗅覚の能力を利用したいと考えました。昆虫や植物は、匂いで呼び寄せたり、逆に忌避したりしますが、それと同じように、森の匂いが風に乗って流れてくると道筋ができるんじゃないか、ということで。主人公たちは、この匂いの道を感知できるのです。犬や猫と同じですね。作中では、この匂いの道のことを「香路(こうろ)」と呼んでいます。香路の位置関係を重ねれば、太陽が見えない場所にいても方角を把握できるだろうと。

――その行動をサポートしてくれるのが、少女たちが行動をともにする小動物「モール」なのですね。

上田 犬や猫を飼っている人が、よく、「彼らの行動の一部には、匂いを基準にしているとしか思えない場合がある」と言うんです。人間にはわからない匂いを元に、周囲の状況を把握していると。確かに、その通りだと思います。モールは、そういう特徴を強化した生物として登場させました。『華竜の宮』などの海洋SFシリーズでは、海上生活者や海洋生物が“音”で環境を捕捉しています。水の中では、音波が最も早く確実に情報を伝えますので。これに対して、本作では、匂いで“見る”という世界を作ってみたのです。

――上田さんはかつて『美月の残香』という香水をモチーフにした作品もお書きになっています。匂いで知覚するということへの興味がもともとあったのでしょうか。

上田 小説家には、匂いの描写に拘る人と、それほどでもない人がいるそうです。レイ・ブラッドベリは、拘る人だったと聞いたことがあります。私も気になるほうです。

 嗅覚に関する話には不思議なエピソードが多くて、たとえば、鮭が自分の生まれた川に帰ってくるとか、どういう仕組みで個々の川の匂いが記憶されて、適切な時期に引き出されるのか。考えれば考えるほど謎ですね。

【次ページ】初めての本格的な少女主人公

薫香のカナピウム
上田早夕里・著

定価:本体1,500円+税 発売日:2015年02月09日

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