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被爆後六十年の原爆文学

被爆後六十年の原爆文学

「本の話」編集部

『爆心』 (青来有一 著)

出典 : #本の話
ジャンル : #小説

――「石」では、知的障害者が主人公ですね。

青来 知的障害者のことを書いた作品はあるけれども、知的障害者の内面に同化して、その視点で書いた作品はほとんどないと思います。結局は想像するしかないわけですが、それを小説として書いてみたらどうかと思って挑戦しました。でも、予想していたとおり、非常に苦しみましたね。書いてみては考え直して、書き直すという作業を何度も繰り返しました。

――具体的には、どのあたりが苦労されましたか。

青来 まずは彼らのボキャブラリーがどれくらいで、どう使い、どんなふうに考えているのか、よくわからないという問題ですね。知的障害の方々とは実際に接したり、話をしたりした経験はあったのですが、それでも彼らが内面で何を、どんなふうに考えているかは、なかなか理解しがたいのです。知的障害者の中には他人とのコミュニケーションは難しい方でも、一方で計算や記憶に関しては天才的な能力をもっていたりすることが多々あります。そういった方々の内面の動きには、自分には想像も及ばないところもあります。結局は、現実の知的障害者の内面のリアリティを追求するのではなく、知的障害があると仮定したひとりの人物の内面を創りだして、どこまでも架空の人物として語ってみるしかありませんでした。

――「虫」は被爆者の女性を主人公に据えています。年齢、性別ともに青来さんとは全くの別人物ですね。

青来 年齢、性別は違いますが、ある意味では、かなりうまくなりきることができた人物かもしれません。一人称の中に、入れ子のように手紙の文章を入れて、作品の全体の構成まで含めて、「創るぞ」と意識した作品ですね。この作品で、その後に続く作品の方向性が決まったという感じがします。その人間を演じきるにはどうすればよいか、作品全体の構成も含めてどうするかという発想で書くことができました。

――冒頭の描写の中に出てくるウマオイが何ともいえない存在感を放っています。

青来 子供の頃、夜中に草むらで鳴いているウマオイを捕まえた経験があり、妙な存在感を感じたことがあります。カゴに入れて暗くすると、また鳴き出した記憶がずっと残っていましたし、この虫の色はすごく眼にも鮮やかなのです。カブトムシやクワガタなどとはまた違った魅力がありましたね。都会ではもう見かけないでしょうから、知らない人もいるかと思いますが、現実の虫を知らない人にはかえって「ウマオイ」という文字が想像させるものは面白いだろうし、それはそれでいいのかなと思いました。でも、いま考えてみると被爆から二十年余りしかたっていなかった私の子供の頃に、爆心地付近の土地にたくさんの虫がいたというのは驚きですね。二十年前は焼け野原で何もなかったところに人が住んで、木が生えて草があってウマオイがいるという土地の回復力はすごいなと、改めて思います。子供の頃はそれを当たり前のように考えていましたが。

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爆心
青来有一・著

定価:本体619円+税 発売日:2010年09月03日

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