- 2015.03.24
- コラム・エッセイ
『エコノミスト』編集部訪問記
文:近藤 奈香 (ジャーナリスト)
『2050年の世界』 (英『エコノミスト』編集部 著/東江一紀・峯村利哉 訳/船橋洋一 解説)
ジャンル :
#ノンフィクション
バッキンガム宮殿を望むオフィス
「エコノミスト」は、世界中に七十五名の編集部員を抱えているが、その半数以上が、このメイフェアの本社ビルの十二階・十三階のフロアに勤務している。
各フロアは、エレベーターを中心に廊下がぐるりと取り巻く「ロ」の字型となっており、廊下に沿って編集者たちに個室が割り当てられている。驚いたことに、ダニエルは私に、ちょうど夏季休暇中で不在にしていた編集部員の個室を「滞在中、自由に使っていいよ」と言ってくれた。私が割り当てられた個室は、日本風にいえば約六畳ほどだろうか、壁の両側に本棚があり、デスクの正面には大きな世界地図、窓の外にはバッキンガム宮殿と、宮殿を取り囲む公園を一望することができる。
ほとんどの記者は、個室のドアを開け放って作業をしており、ふと思い立つと、別の記者の個室を訪れ、トントンと軽くノックして、何事か話し込むという光景を幾度となく目撃した。私が部屋を使わせてもらっている間にも、「ハーイ!」とフレンドリーな挨拶をしながら、ひっきりなしに人が入ってきたほどだ。中には、部屋の本来の持ち主の男性記者との比較で、「あれ、しばらく見ない間に、すいぶん見違えちゃったね!」とジョークを飛ばしてくる人もいた。
このときに「エコノミスト」を代表するジャーナリストたちに取材した「『エコノミスト』は日本をどう見ているのか」というテーマについては、「文藝春秋」二〇一二年十一月号掲載の「2050年の日本」においてレポートしたので、ここでは、それぞれの印象的な発言を紹介するにとどめておく(*以下、肩書きはすべて当時)。
「(3・11について)日本の人々の力強さに敬服する一方で、永田町や霞が関がまったく機能不全に陥るのを目の当たりにしました。同時に原発事故の報道などで政府発表をそのまま流す、長いものに巻かれる日本のマスコミの在り方は危険だと思いました」
(データエディター ケネス・クキエ氏)
「(日本の厳しい経済状況を踏まえて)こういった局面においてこそ、日本の企業がどのような『革新』を呼び起こせるかが鍵を握る。どんなにアジアの元気がよくても、未だに最高の品質・技術を誇るのは日本。あくなき改善努力を惜しまない産業革新の精神を持つ日本を簡単に過小評価することは間違っている」
(ビジネス・スペシャリスト エイドリアン・ウルドリッジ氏)
「今後、世界に先駆けて高齢化社会に突入していく日本にとっては教育が最重要課題となるはずです。何も若い人ばかりではありません。この世の中が変化していく限り、どの年齢であっても、教育を受け続けられ、社会の変化に対応し続けられる社会を作るべきです」
(高齢化問題のスペシャリスト ポール・ウォレス氏)
「アメリカの一極支配への賛否は別としても、少なくとも日本はこのアメリカから明示された方向性を汲んで、上手くアメリカと関係を保っていくことが極めて重要です。私たちは中国が世界でも安定した勢力であるという考え方にすっかり慣れてしまった感があるが、もし中国が極めて不安定になったら、という仮定は常にしておくべきです」
(ダニエル・フランクリン編集長)
「着実かつゆっくりとした衰退を経験している成熟社会においては、成熟した社会なりの変化を求めるべきだ。そう、デジタルではなく、より有機的な変化かな。日本の友人たちには、こう伝えたい。一人ひとりが精神的勇気を持って立ち上がるべきだ、と」
(『日はまた沈む』の著書で知られるビル・エモット元編集長)
誰もが、失われた二十年を経て、3・11に直面した日本の閉塞感を、遠くロンドンに居ながら非常に正しく認識し、そのうえで「だからこそ、今が変化のときだ」というメッセージをそれぞれのアプローチから述べていた。何よりも、たとえ悲観的な予測がなされていたとしても、それは決まった運命などではなく、あくまで「このままでいけば」という前提に基づくものにすぎず、最も大切なことは、日本人自身が希望する未来を積極的に描くことだ、というメッセージが印象的だった。
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