- 2015.03.24
- コラム・エッセイ
『エコノミスト』編集部訪問記
文:近藤 奈香 (ジャーナリスト)
『2050年の世界』 (英『エコノミスト』編集部 著/東江一紀・峯村利哉 訳/船橋洋一 解説)
ジャンル :
#ノンフィクション
「エコノミスト」最強の法則
なぜ「エコノミスト」は唯一無二の雑誌であり続けることができるのか。
後日、改めて同編集部を訪れた際、「エコノミスト」現編集長のジョン・ミケルウェイト氏は、同誌の強みとして次の五つのポイントを挙げてくれた。
① グローバルな視点
「我々は英語の媒体ですが、アメリカ圏を中心とした世界観とは一線を画しています。例えばアメリカの媒体であれば、日中関係を語るにしても、当事者としてのアメリカの立場からの議論が求められますが、我々は比較的そうしたしがらみからは自由です。『エコノミスト』は世界に対して『月からの視点』を持つことをモットーにしています」
② ニュースのフィルターという役割
「誌面に載ったことだけでなく、むしろ掲載されないことの意義も実は大きい。溢れる情報のなかで、本当に知るに足るニュースを仕分けるフィルターとして信頼されているのです。また、インターネットの情報と違って、誌面はスペースが限られるがゆえに、読者は情報を『読み切る』ことができる。これも重要なポイントです」
③ データ力
「独自のデータ収集力、データ分析力、データのプレゼンテーション能力は我々が歴史的に強みを持ち続けてきている分野でもあります」
④ 広告に依存しないビジネスモデル
「現在の広告依存率は二五%にも満たず、経費は読者からの購読料でほぼ賄っています」(*アメリカにおける『エコノミスト』の購読料は一三〇ドル~一六〇ドル、次に高い『ニューヨーカー』誌の七〇ドルと比べても、ダントツに高い)
⑤ 雑誌として不変のスタンス
「一八四三年の創刊以来、一貫して自由市場主義でリベラルなスタンスを貫いています。編集会議をご覧いただければお分かりかと思いますが、会議においてチームとして議論を重ねる中で、誌面が醸成されていくのです」
とりわけ三つ目に挙げられた「データ力」が遺憾なく発揮されたのが、本書『2050年の世界』であることは言うまでもない。すべての予測は、「エコノミスト」が読み解いた独自データに基づいており、豊富なデータを収集し、的確に分析するだけでなく、一目でそのデータの意味するところがわかるように提示するという一連の「エコノミスト流データ・ジャーナリズム」の洗練された手法は、他の媒体の追随を許さない。データへのこだわりを、ミケルウェイト編集長はこう語る。
「我々は創刊以来、百七十年にわたって、様々なデータを取り扱ってきた実績がありますが、ここにきて、新たな改革を試みています。というのは、これまではデータの調査部門と、それをグラフや図に仕上げるグラフィクス部門は、独立していたのですが、これを統合しようとしているのです。
その狙いは、オンラインでのスピーディーなデータの可視化を実現することにあります。インターネットが発達し、データ・ジャーナリズムの重要性が増している中で、何を、どのような形で読者にみせるか、がものすごく重要になっている。最近の読者は単にストーリーを読んだり、聞かされたりするだけでは満足せず、文章力というよりは数字等、はっきりとした証拠・材料を求めています。ですから、我々としてもこうした期待に応えなければならない。具体的には、ビデオグラフィクスなどオンライン動画を駆使することで、よりインタラクティブな情報発信を行うことで、我々の強みであるデータ力により一層磨きをかけられるものと思います」
最後に私が「編集長が雑誌づくりにおいて、最も大切にしていることは何ですか?」と尋ねると、ミケルウェイト氏は「いい質問ですね」と言いながら、しばし考えた末、こう答えてくれた。
「最も重要なのは“liberal independence”です。私たちは自分たちの価値観によってのみ独立して、世界と向き合っています。どこで何が起こるかわからない、めまぐるしく変化する時代ですし、また我々の仕事は、今まで上手くやってきたからといって今日、明日も上手くやれるという保証は全くありません。読者に有意義で適切な情報を届けることができているのか、常に悩み、考え、焦り、追い詰められています。“paranoia”(恐怖)と言ってもいいほどの緊張感が原動力になっています」
「エコノミスト」が唯一無二の雑誌であり続ける、これほど明解な説明はない。
近藤奈香(ジャーナリスト)
東京、シンガポール、10代の大半をロンドンで過ごす。
ロンドン大学LSE(数学哲学科から転向、社会学BSc卒業)、東京大学(社会心理学BA卒業)。
リーマンショックの年から外資系金融証券会社に8年勤務、世界の機関投資家相手に日本株・IR業務に従事。
ジャーナリストとしてIMF専務理事クリスティーヌ・ラガルドとの単独インタビューをはじめ、文藝春秋への掲載複数。
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