インタビューほか

『エコノミスト』編集部訪問記

文: 近藤 奈香 (ジャーナリスト)

『2050年の世界』 (英『エコノミスト』編集部 著/東江一紀・峯村利哉 訳/船橋洋一 解説)

門外不出!「エコノミスト」の会議風景

 さて、本稿においては、このときの記事では触れなかったエピソードを紹介したい。

 というのは、「エコノミスト」では毎週月曜日の朝十時三十分から「編集会議」(Editorial Meeting)が開かれている。その内容は当然部外秘であり、編集部員以外が参加することもまずありえないというが、私は幸運にも、この会議を見学する機会を与えられたのだ。

 編集会議は、二十畳弱の編集長の部屋に、四十人以上のジャーナリストが文字通り、すし詰め状態になって進められる。椅子はわずか五脚ほどで、編集長ら、組織上多少シニアなメンバーが椅子に着席されているように見受けられたが、後で聞くとその限りでもないという。大多数のメンバーは、床や窓枠に腰かけたり、立ったまま壁際に寄りかかったりで、最終的には足の踏み場がない状況になる。

 エコノミスト誌においては、毎週冒頭に“Leaders”と呼ばれる社説が五、六本掲載されるが、編集会議の段階ではその倍以上のテーマが挙がっている。そこから、記者、編集スタッフ「全員」がディスカッションを重ねて、その週のテーマを絞っていくのである。

 編集会議において交わされた具体的なやりとりの内容は、“門外不出”であり、ここでその詳細を書くことはできないが、会議の雰囲気はオープンの一言だった。

 例えば、私が参加したいくつかの編集会議のうち、ある会議では、「とある革新的な技術の到来が従来型のライフスタイルにどのようなインパクトをもたらすか」という議論があった。これについて、カンファレンス・コール(テレビ電話)で会議に参加していた在米エコノミストと、在ロンドンの記者の間で、意見が割れた。アメリカの流行サイクルの速さに感化された在米エコノミストがその技術のインパクトを大きく見積もったのに対して、ロンドンの記者は、「一時の流行」を一般化させることに抵抗を示した。記事の方向性の最終的な判断は編集長に委ねられるが、議論の過程においては、有名コラムを担当する名物記者も、新米記者もまったく等しく発言権があり、誰もが臆することなく自らの考えるところをぶつけあう。

 ここでは「誰が書くか」ではなく「何を書くか」が議論されているからだ。しかも自身の専門分野に限らず、例えば経済担当記者が欧州政治についても意見し、しかもその意見が採用されるようなことも珍しくない。

 最終的な決定権は編集長にあるとはいえ、それでも例えばその週のトップストーリーとして編集長の意向がストレートに反映されるのは、せいぜい一割程度だという。こうやって、政治経済はもちろん自然現象にいたるまで、まさに世界で起こっている森羅万象について、徹底的な議論を百五十分近くも交わすことで、「エコノミスト的」とも称される研ぎ澄まされた独自の視点をもった記事が生まれてくるのである。その場では、「どうすれば読者にウケるか」という観点からの発言は、ほとんどない。

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2050年の世界
英『エコノミスト』編集部・著/東江一紀、峯村利哉・訳/船橋洋一・解説

定価:本体950円+税 発売日:2015年03月10日

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