- 2015.03.24
- コラム・エッセイ
『エコノミスト』編集部訪問記
文:近藤 奈香 (ジャーナリスト)
『2050年の世界』 (英『エコノミスト』編集部 著/東江一紀・峯村利哉 訳/船橋洋一 解説)
ジャンル :
#ノンフィクション
ロンドンの最中心部、十八世紀の面影が色濃く残るメイフェア地区に、「エコノミスト」の編集部はある。
この地域は「エコノミスト」が創刊された十九世紀(一八四三年)の頃から、いわゆるセレブリティが集うエリアとして歴史を重ねてきた。バッキンガム宮殿の敷地に隣接していることから高級品を取り扱う王室御用達の店も多く、この地域に数多く存在する老舗の会員制クラブの荘厳なたたずまいは、世界各地を飛び回るエリートや由緒ある貴族などの教養人が、お気に入りの席で、葉巻や酒を嗜みながら、活発な意見をかわしてきた様を容易に想像させる。
そういう場所に佇む「エコノミスト」の本社ビルは十五階建て。建造されたのは一九六〇年ごろと比較的新しいが、その重厚な雰囲気ゆえか、一九八八年には英国の環境省によって歴史的建造物の指定を受けており、イギリスの戦後建築を代表する建物の一つとしても知られている。
二〇一二年の九月の朝、私は、そのビルを見上げていた。「エコノミスト」編集部が誇るジャーナリストたちに「取材」をするために――。
きっかけは、そのわずか一月ほど前の「文藝春秋」の編集者からの一言だった。
「ロンドンに飛んで、『エコノミスト』編集部に取材してくれませんか」
あまりに唐突な申し出に絶句しつつも、反射的に「行きます!」と返事していた。
エコノミスト誌が一八四三年の創刊以来、世界で最も影響力のある政治経済誌として知られてきたことは、今さら私が説明するまでもない。世界二百カ国で読まれ、発行部数は何と約百五十五万部。それも二〇〇〇年には七十五万部台だったというから、この出版不況のさなか、約十五年で二倍以上も部数を増やしたことになる。
もっとも「エコノミスト」は、発行部数至上主義どころか、むしろ誰もが読む雑誌ではない、ということを誇りにしてきたような節もあり、一九九〇年代には、“The Economist not read by millions of people”(エコノミスト誌は何百万人に読まれているわけではありません)というスローガンを広告に掲げていたほどだ。
同誌の最大の特色は、世界を席巻するアメリカ流合理主義的なロジックとは一線を画する、「エコノミスト的」としか言いようのない視角とロジックで政治と経済を論じ続けてきた点にある。全ての記事は無記名で、全記事がエコノミスト誌の意見として執筆されている。
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