書評

動き出した壮大な世界の謎を括目せよ

文: 吉田 伸子 (書評家)

『黄金の烏』 (阿部智里 著)

 その、故郷での長閑な時間を壊したのが、一羽の八咫烏だ。鳥形で垂氷郷の上空を飛ぶその姿に不審を感じた雪哉と郷吏が、ともに鳥形に転じて近づくと、その八咫烏は郷吏の喉笛に噛みつき、二羽はそのまま落下。蹲ったままの郷吏を尻目に、今度は地上の子どもを襲おうとしたその瞬間、やって来た一人の男によって、間一髪、不審者は倒される。

 墨丸と名乗ったその男は、若宮の命で雪哉に頼みがあって来たのだと言う。中央から北領へ流れている禁制の薬のことを調べるのを手伝って欲しい、と。その薬の名は「仙人蓋」といい、使用することで多幸感、全能感を得られる代わりに、数回使用しただけで、人形をとれなくなってしまうのだという。人形に戻れなくなったまま正気を失い、衰弱死したり、命を絶つ者もいる、という。

 件の不審者もまた、「仙人蓋」のせいで狂ってしまったこと、愛する故郷である垂氷にまで「仙人蓋」が流れてきていることを知った雪哉は、墨丸の申し出を受けることに。実はこの墨丸こそが、金烏の若宮で、二人はここから「仙人蓋」が辿った経路を探り始めるのだが、とある宿場町で聞いた気になる情報をもとに、その村に出向いた二人を待ち受けていたのは、八咫烏を食らう大猿だった。大猿はどうやって「山内」にやって来たのか? そして「仙人蓋」とは何なのか?

 その二つの鍵を握るのは、大猿に襲われた栖合という集落で、たった一人生き残った娘だった。長櫃の中でぐっすりと眠っていたおかげで、大猿の刃を逃れたその娘は、しかしなかなか目を覚まさず、一旦は郷長屋敷である雪哉の実家で預かることに。やがて目を覚ましたその娘=小梅は、けれど何も知らない、と言う。父と一緒に栖合に干し鮎の買い付けに来たこと。荷車で酒を運び干し鮎と交換したこと。夜には宴会となり、ご飯を食べお酒を飲んで、少し酔ったので座敷で横になって、目が覚めたら郷長屋敷にいたのだ、と。

 小梅の説明で、兄の雪馬と郷吏は納得したものの、雪哉は小梅にどことなく胡散臭いものを嗅ぎ取る。朝廷での宮仕えから、「窮地に追い込まれた時の八咫烏(にんげん)が、どれだけ酷い事もやってのけるか骨身に染みて分かっていた」からだ。果たして、小梅は潔白なのか、それとも――。

 本書のメインは大猿と仙人蓋の謎だが、その土台としてあるのが、山内にある“階級差”だ。序章の、胸が痛くなるようなエピソードに登場した酒場で働く娘も、小梅も、貧しい家に生まれた八咫烏だ。彼女たちだけではない。本書には“地下街”という、朝廷の権力が及ばない治外法権のような、アウトローたちの根城も登場する。人間ドラマはどろどろしこそすれ、舞台はあくまでも華やかな宮廷だった前二作と、本書が決定的に違うのは、その点だ。雅な宮烏だけではない。貧しかったり、訳ありだったりする八咫烏たちの登場によって、シリーズ全体がさらに広がったのが本書なのだ。

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黄金の烏
阿部智里・著

定価:本体670円+税 発売日:2016年06月10日

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