- 2016.09.28
- 書評
『アリス』で開眼!? 知りたい気持ちが喜びに繋がる物語の力
文:藤田 香織 (書評家)
『螺旋階段のアリス』 (加納朋子 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
一九九二年に第三回鮎川哲也賞を受賞した『ななつのこ』でデビューして以来、加納朋子さんは多くの作品のなかで、主人公たちの成長を描いてきました。それは、心身ともに文字通り成長期である少年少女たちだけでなく、一児の母親である『ささら さや』(幻冬舎→幻冬舎文庫)のサヤや、『七人の敵がいる』(集英社→集英社文庫)の多忙極まるワーキングマザーの陽子など、年齢的にも立場的にも既に立派な大人であっても同様です。問題を先送りすることにも慣れ、面倒なことには目を瞑ってやり過ごす術も覚えた大人としては、ついつい現状維持に走りがちですが、大切なものを守るためには、そうも言っていられないこともある。本書では〈人間は、なりたいものになることができる。きっとなれる。途中で諦めさえしなければ〉と、会社の制度に守られながら、夢を叶えたつもりでいた仁木が、少しずつ夢を現実に変えていく姿が、物語の根底に描かれているとも言えます。
そして更に、本書の続編となる『虹の家のアリス』(文藝春秋→文春文庫)では、安梨沙にも、とても大きな変化が見られます。本書の最終話で、仁木の妻・鞠子が「あの子は今まで、眠っていたようなものだから」と言った安梨沙は、次作で「私はもう、人が見たいものが映る鏡でいるのは、止めたの」と宣言します。それはどういう意味なのか。本書に続き、新装版の刊行が予定されている『虹の家のアリス』で、ぜひ確かめてみて下さい。仁木のふたりの子どもたち、美佐子と周平や、安梨沙の父親や婚約者(!)も登場し、物語はますます賑やかに、騒々しくも切実に、あなたを楽しませてくれるでしょう。
ルイス・キャロルが『不思議の国のアリス』を世に送り出してから約百五十年。数えきれないほど舞台に映画にアニメに漫画にゲームに、そして小説に、アレンジされてきたアリスの世界は、変わっていくことを拒まず、変わらないものを愛おしむことを、私たちに教えてくれました。それはまた、加納さんの小説に、絶えず感じられる魅力でもあります。デビュー作の『ななつのこ』やその続編となる『魔法飛行』(東京創元社→創元推理文庫)や『いちばん初めにあった海』(角川書店→角川文庫)など、初期の加納さんの小説には、一冊の本、ひとつの物語を発端とした作品がいくつかありますが、それはきっと、加納さん自身が物語の力を信じているからだと思います。
広がっていく、繋がっていく、知りたいと思う気持ちが喜びになる。
本書が私たちの日々に寄り添うような物語を紡ぎ続ける加納朋子の、実はとても大きな力に多くの人が触れるきっかけとなることを願っています。
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