書評

噂、伝聞一切なし。CIA六十年の記録

文: 藤田 博司 (元共同通信記者、元上智大学教授)

『その誕生から今日まで CIA秘録』 (ティム・ワイナー 著/藤田博司・山田侑平・佐藤信行 訳)

 こうした手法にはむろん問題もある。興味深いエピソードであっても、裏付けがなければお蔵入りになる。証言者が匿名にこだわるために、隠された事実への糸口や、大胆な仮説を構築する手がかりをつかめないこともあり得る。一方で、文書に残された記録でも、当事者の身勝手な自己正当化や、敵対する者への誹謗(ひぼう)、中傷が含まれていることもあるだろう。事実ではあっても、真実ではないかもしれない。

 しかし情報の出所が明示されていれば、読者はそれを手がかりに情報の中身の信頼性を判断することができる。膨大な注はそのための重要なかぎになる。

「私がここに書いたことは、真実のすべてではない。しかし真実以外のことが書かれていないことは、断言できる」とワイナーは書いている。その言葉に、本書の持つ価値が凝縮されている。

 CIAは言うまでもなく、第二次大戦後、アメリカに作られた対外諜報機関である。諜報機関だから、その活動は厚いベールに包まれている。過去の所業も、時折、海外で起きる異様な出来事の背後にCIAの影が指摘されることはあっても、その実態や詳細が公にされることはほとんどなかった。

 むろんこれまでも、数多くのCIAに関する著作が秘密のベールをはごうと試みてきた。それらの著作で個別の事件や歴史の一部が明らかにされたことはある。しかし一九四七年の創設以来、六十年の歴史を通して、CIAの活動と、それがアメリカ政府の対外政策遂行のうえでどのような役割を果たしたのか、膨大な資料に基づいて克明な検証を試みたのは、おそらく本書が初めてだろう。

 諜報機関としてのCIAの仕事は、一義的には敵対する外国の情報を収集、分析し、アメリカとしての対応を大統領に助言することにある。しかしワイナーによれば、CIAはその役割を満足に果たせなかった。冷戦時代のCIAは、主たる敵対国ソ連のクレムリン内部に最後まで、自前で調達したスパイを送り込むことができなかった。そのためにソ連の崩壊を事前に予見することもできなかった。

 CIAが情報収集や分析より熱心に取り組んだのは、秘密工作活動だった。外国の政権転覆などを目的とする破壊活動や反政府団体の組織、支援活動である。この中には、キューバのカストロ首相暗殺計画のように、他国の首脳を抹殺するための活動も含まれていた。一九五〇年代にはそうした秘密工作がイランやニカラグアで「成功」したこともあった。が、数少ない事例をのぞくと、所期の目的を達成したことはまれだった。

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その誕生から今日まで CIA秘録 上
ティム・ワイナー・著/藤田博司、山田侑平、佐藤信行・訳

定価:本体1,048円+税 発売日:2011年08月04日

詳しい内容はこちら

その誕生から今日まで CIA秘録 下
ティム・ワイナー・著/藤田博司、山田侑平、佐藤信行・訳

定価:本体1,048円+税 発売日:2011年08月04日

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