書評

噂、伝聞一切なし。CIA六十年の記録

文: 藤田 博司 (元共同通信記者、元上智大学教授)

『その誕生から今日まで CIA秘録』 (ティム・ワイナー 著/藤田博司・山田侑平・佐藤信行 訳)

 著者が描くCIAの歴史は、ほとんど挫折と失敗の連続である。その挫折や失敗を生んだのは、CIA幹部の無能と肥大化した組織の機能不全、さらにはこの組織の独善的活動を掌握することも監視することもできなかったホワイトハウスや議会の責任である。そしてその背景にあったのが、冷戦時代のソ連共産主義に対するアメリカ側の異常な恐怖心と警戒心である。

 冷戦初期には、ほとんど愚行に近い「工作活動」で、多数の人命と資源を浪費した。それも、共産主義の脅威を過大に評価していたためだった。CIA幹部の多くは、エールやプリンストンなど超一流大学出のエリートの集まりだった。しかし彼らが指揮した諜報機関の失敗の記録をたどると、人間の理性、感性のもろさ、あやうさをあらためて思い知らされる。

 現に進行中のイラク戦争も、CIAの機能不全がもたらしたものといえる。CIAは開戦前、確かな裏付けもないのにイラクが大量破壊兵器を保有していると言い募った。CIA内部にもそれを疑問視する声があった。しかし当時のCIA長官はそうした声をしりぞけて、ホワイトハウスの意向に沿った、イラクの脅威を強調する報告を大統領に届けた。「上司を喜ばせるためには何事もいとわない気持ち」がCIAの「長い歴史のなかで最悪の報告書」を書かせたという。大統領に正確な情報と正しい判断の材料を提供すべき諜報機関の役割は果たせなかった。

 著者はCIAを厳しく批判しているが、CIA無用論を唱えているわけではない。むしろアメリカの安全保障のために、有能で効率的な諜報機関の必要を主張している。アメリカの諜報活動に何が欠けていたのか、何を必要としているのか。この本にはそれを検証する手がかりとなる事実がふんだんに盛り込まれている。

 上、下巻、それぞれの巻末にまとめた注は、単に出典を明示しているだけではない。背景の解説や関連資料の説明など、それ自体独立した詳しい記述のある注も少なくない。時には本文をしばし離れて、注の世界に遊ぶこともできる。

 それにしても、これだけ大量の資料を読み込み、整理して、秘密のベールに覆われた諜報機関の歴史をまとめあげた著者のエネルギーに感服せざるを得ない。と同時に、広範、詳細にわたる行政文書を歴史記録として残し、将来の検証に供することのできるアメリカの文書管理・情報公開のシステムも見上げたものだと思う。アメリカ政府の公文書で存在が裏付けられた沖縄返還時の日米間の密約を、いまだに存在しないと平気でうそぶく日本政府とは大違いである。

その誕生から今日まで CIA秘録 上
ティム・ワイナー・著/藤田博司、山田侑平、佐藤信行・訳

定価:本体1,048円+税 発売日:2011年08月04日

詳しい内容はこちら

その誕生から今日まで CIA秘録 下
ティム・ワイナー・著/藤田博司、山田侑平、佐藤信行・訳

定価:本体1,048円+税 発売日:2011年08月04日

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