救世主に見えたものが、実はディストピアの予兆かもしれない――『デジタル・ファシズム』の著者が暴く〈フードテック・ファシズム〉
1973年に公開された、リチャード・フライシャー監督の米映画『ソイレント・グリーン』を観たことがあるだろうか?
舞台は2022年のニューヨーク。
温暖化による環境破壊で耕作地が全滅、人口が4000万人に激増し、深刻な食料不足の中、人々はホームレスとなっていた。
経済は完全にコントロールされ、一握りの特権階級以外の人間は、研究室で人工的に作られた高タンパク食品「ソイレント・グリーン」の配給で生き延びている。
チャールトン・ヘストンが演じる主人公、ニューヨーク警察のソーン刑事は、ひょんな事からソイレント社の秘密に近づいてしまう。政府と企業とマスコミが、グルになってひた隠し、国民には一切知らせず、知った者は皆、命を落とす。
ソイレント・グリーンの原料についての恐ろしいこの秘密はラストで明かされ、ソーン刑事の絶叫で幕を閉じるという、まさに食のディストピア映画だ。
新鮮な肉や野菜という本物の食べ物が、宝石以上に高価になってしまった世界。
それは果たして、フィクションだろうか?
実は今、私たちの住むこの世界でも、静かに〈食〉のリセットが進んでいる。
2020年6月。
オンラインで開かれた世界経済フォーラム(WEF)で、クラウス・シュワブ会長とイギリスのチャールズ皇太子(当時)は、2021年の年次総会のテーマとして、全ての人の運命を変える、ある計画を発表した。
〈グレートリセット〉だ。
年に一回開かれるWEF年次総会では、世界中から招待された、億万長者と有力者たちが、今後世界を引っ張ってゆく方向性と戦略を話し合う。
会議の内容は、深刻だった。
新型コロナウィルスに気候変動、人口は増え続け、森も水も大気も動物たちも虫の息、化石燃料は枯渇し、増え続ける人口を養うための食料生産はとても追いつかず、もはや地球は限界だ。
今こそ全てを壊してガラガラポン、新しい仕組みを作らねばならない。
食システムをリセットするための組織「EAT」を基に、米国、EU、アジア、南米、アフリカ、オーストラリアなど、世界各地をつないだ、新しい食システムの大計画が進められてゆく。
資金協力で顔を並べるのはマイクロソフト創業者のビル・ゲイツに、穀物のカーギル、種子のシンジェンタ、畜産のタイソンに、化学のバイエルにユニリーバ、ワクチン大手のグラクソ・スミスクライン、流通のアマゾン、そしてテクノロジー最大手のグーグルだ。
2021年2月に、著書『地球の未来のため僕が決断したこと』を出したビル・ゲイツによると、解決策は私たち人間が肉食をやめることと、AIが制御するデジタル農業だという。
気候変動もウィルスも待ってくれない。
感染症の脅威を高める、不衛生で、危険で、大量の温室効果ガスを出し、土壌を劣化させ、水を枯渇させ、人間をウィルスとの危険な接触に晒す農業や畜産は、できるだけ早く、最新テクノロジーで置きかえなければならない、と。
タンパク質は、今や技術で作れるようになった。
農民がいなくてもAIがデジタル農業を営み、土がなくても野菜は育ち、鶏や豚や牛や魚や乳製品は遺伝子操作とバイオ技術で作り出せ、必要な栄養も全て添加できる。
人類は、かつてないほど進化したテクノロジーの時代に突入したのだ。
そして、こうした技術は未来の食と農業を持続可能にし、私たちは気候変動やウィルスや、食料危機の不安から解放されるという。
もう食料を生産するために、人間が畑にいる必要すらなくなるのだ。
ただし、個人に任せていては間に合わないとして、世界経済フォーラムとEATは、国連や各国政府と連携し、直接ルール変更するよう、指示を出している。
〈食のグレートリセット〉に沿って、ヨーロッパでは、政府が畜産頭数を制限し、家畜の出す温室効果ガスに課税し、肥料を危険産業廃棄物に分類し、農家による伝統的な種子保存を犯罪化し、農地を回収する政策が始まった。
米オレゴン州で準備されているのは、肉の販売と消費を事実上禁止し、家畜の人工授精や去勢を「性的暴行」とみなす新しい法律だ。
日本でも菅義偉元総理・岸田文雄総理共にグレートリセットへの協力を宣言しており、農水省がロボットやAIなどのテクノロジーとバイオ技術を軸にした「みどりの食料システム戦略」を打ち出している。
一連のこの流れによって特需の恩恵を受けるウォール街は、笑いが止まらない。
パンデミックと食料危機とに紐付けられた「気候変動対策」に、各国政府から巨額の税金が投入され、SDGs(持続可能な開発目標)や気候変動関連の投資商品が売れに売れ、今や飛ぶ鳥を落とす勢いだからだ。
前著『デジタル・ファシズム』では、行政、通貨、教育の3分野に台頭してくる最新デジタルテクノロジーがもたらす、光と影について書いた。
今、同じデジタルテクノロジーによる一元支配が、いよいよ食と農の分野に参入し、急速に勢力を拡大してきている。
テックの巨人GAFAMにアリババ、アグリビジネス大手のバイエル(旧モンサント)、コルテバ、シンジェンタ、カーギル、BASF、国連に世界銀行……世界をターゲットにして、この巨大市場を舞台に、凄まじい競争が繰り広げられているのだ。
本書の目的は、個別のフードテックやスマート農業の是非や、安全性の仔細を論じることではない。
食をめぐる世界市場のその裏で、今一体何が起きているのか?
つながれてゆく点と点が線になり、面になり、そこに現れた立体的近未来に、あなたは背筋が凍るだろう。歴史を紐解き、事実を丹念に拾い集め、各国の現場にいる人々の証言と共に、読者が未来を考え、選び取るためのツールを差し出してゆく。
救世主に見えたものが、実はディストピアの予兆かもしれない。
一つ確実に言えることは、〈食のグレートリセット〉が、こうしている間にも着々と進行していることだ。
真実を知り、大切なものを守るのは今しかない。あなたの家の食卓が、知らぬ間にすっかり入れ替えられてしまう前に。
第1章では、本物に近い味と食感を植物と遺伝子技術で再現し、動物を殺さずに気候変動や貧困を救うとして話題を呼んでいる〈人工肉〉について、その生産過程と原材料、子どもたちを狙ったマーケティングの表と裏を取り上げる。
第2章では、研究室で作る海のタンパク質〈培養魚〉から〈人工母乳〉、〈合成生物〉に〈ワクチン野菜〉と、最新ゲノム編集技術が生み出すフードテックを紹介し、経済学が生物学を飲み込んでゆく潮流を紹介する。
第3章では、食を生産する農地をめぐる壮絶なマネーゲームと、巻き返しを図る遺伝子組み換え業界、巧妙に侵食されてゆくウクライナや日本について見てゆく。
第4章では、環境問題の「犯人」として槍玉に上がる牛について取り上げ、大規模な工業型畜産がもたらした破壊と、知られざる土壌と牛の共生関係を見つめ直す。
第5章では、いよいよ食と農業分野に参入してきたテック巨人とアグリビジネスのタッグが、生産から流通、食卓までを全て握る〈デジタル農業〉と、国境を越えて敷かれつつある新たな支配構造について考察する。
こうした流れが進む一方、近代化した工業的手法や気候変動でボロボロになった食と農を、テクノロジーとは真逆の形で救おうとする、もう一つのリセットも世界各地で進んでいる。
こちらのプレイヤーは、小規模農家や先住民、ささやかな規模で生産する農村や、子どもたちの食を守ろうとする親たちに教育関係者、自治の力で立ち上がる地方行政や協同組合、誰もが役割を持つ共同体を作り、微生物の声を聞き、私たちの想像を超えた勇気と知恵で、壊れた地球を再生しようと試みる人々だ。
第6章では、もはや輸入依存ではもたなくなった我が国の食と農を再生する知恵を持つ何人もの猛者たちが登場する。多くの日本人がまだ知らないであろう、この国が持つ宝物の数々を紹介したい。
そして第7章で示すのは、この先も人類を養うだけでなく、全てのいのちにとって持続可能な未来を可能にする、世界各地からのヒントの数々だ。
人類が誕生して数万年、かつて食の文明史上、これほど大きな岐路に立たされたことが、果たしてあっただろうか。
どちらの側から見るかによって、世界は180度姿を変える。
だが、方向を定め、その先の未来へギアを入れるのは、私たち自身なのだ。
「はじめに」より
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