- 2023.03.16
- 書評
陰陽師を主人公にした、美しくて怖い6篇。その読みどころを解説します!
文:細谷 正充 (文芸評論家)
『妖異幻怪 陰陽師・安倍晴明トリビュート』(夢枕 獏/蝉谷 めぐ実/谷津 矢車/上田 早夕里/武川 佑)
本書『妖異幻怪 陰陽師・安倍晴明トリビュート』は、陰陽師を題材にした時代小説のアンソロジーだ。ベースになっているのは、「オール讀物」二〇二二年八月号の特集企画“「陰陽師」の世界”である。これは、夢枕獏の「陰陽師」シリーズの短篇「殺生石」に加え、六人の作家がシリーズのトリビュート作品を寄稿。さらに、「陰陽師」と縁のある野村萬斎や羽生結弦を使った「晴明グラビア」や、夢枕獏と講談師・神田伯山の対談「好きだから挑戦し続ける」を掲載した、豪華な特集であった。多彩な角度から照らし出された「陰陽師」の世界に、シリーズのファンや時代小説ファンは大喜びしたものだ。
ただし本書は、特集のために書かれた作品を、そのまま一冊にしたわけではない。夢枕獏の作品は「殺生石」ではなく、『陰陽師 龍笛ノ巻』に収録されている「むしめづる姫」と、「オール讀物」二〇二二年九・十月合併号に掲載された「太子」を採っている。上田早夕里は、「オール讀物」掲載の「突き飛ばし法師」ではなく、「井戸と、一つ火」を収録。どちらも「播磨国妖綺譚」シリーズの一篇だ。「井戸と、一つ火」がシリーズ第一話なので、読者の分かりやすさを優先したセレクトなのだろう。
蝉谷めぐ実の「耳穴の虫」、谷津矢車の「博雅、鳥辺野で葉二を奏でること」、武川佑の「遠輪廻」は、特集から本書へそのままスライド。やはり特集に掲載された、青柳碧人の「アイリよ銃をとれ」と、三津田信三の「ただのろうもの」は、現代を舞台にした作品なので、今回の収録は見送られたようだ。どちらも面白い作品なので、それぞれの作者の本に収録される日を楽しみにしている。
さて、本書の成り立ちはこれくらいにして、各話について触れていこう。冒頭は夢枕獏の「むしめづる姫」だ。もちろん「陰陽師」シリーズの一篇である。橘実之の娘の露子姫は、万物の現象を探究することを楽しみ、我が道を突き進んでいる。なかでも興味の対象になっているのが烏毛虫(毛虫)だ。娘の行いに匙を投げている実之だが、飼い始めた黒丸という毛虫が、信じられないほど巨大になっていることを心配。陰陽師の安倍晴明に助けを求める。続けて露子も来訪。そして晴明は親友の源博雅と共に、橘邸に赴くのだった。
稀代の陰陽師である安倍晴明と、笛の名手の源博雅のコンビが、さまざまな怪異を解決したり見守ったりする「陰陽師」シリーズについては、詳しい説明は不要であろう。かつて「陰陽師」ブームを巻き起こし、今なお書き継がれている名作だ。本作は『堤中納言物語』に収録されている「虫めづる姫君」を意識しながら、露子という愉快で愛らしいキャラクターを創造し、幽玄美ともいうべき世界に読者を導く。アンソロジーの幕開けに相応しい好篇である。
続く、蝉谷めぐ実の「耳穴の虫」は、老齢の女房の小稲が、若き日に仕えた十四歳の姫君・信子を見舞った怪異を語る。この怪異がグロテスクなのだが、独創的で面白い。さらに語り手の小稲が、生れてすぐに尺取虫のような妖が耳に入り込み、それから音がよく聞こえるようになったという設定が、効果的に使われている。自分がどう思われているか気づいた小稲が、信子の優しさの裏にある驕慢に気づく場面など、実に素晴らしかった。
さらに晴明の博雅に対する感情を、小稲の聞く音を通じて表現する。怪異の在り方に、作者のデビュー作『化け者心中』を想起させるところがあり、興味は尽きない。原典を一捻りした会話などで「陰陽師」ファンを喜ばせながら、蝉谷作品らしさの横溢した逸品なのである。
谷津矢車の「博雅、鳥辺野で葉二を奏でること」は、本書の中で最も「陰陽師」シリーズのテイストに忠実な作品だ。墓荒しの件を調べに鳥辺野に赴いた検非違使の一隊が、少年に斬られて総崩れとなった。唯一の生き残りによると、少年は斬った検非違使たちの左腕を調べ、「やはり、源博雅が左腕でなければいかぬか」といったそうだ。このことを博雅から知らされた晴明は、事態解決のために動き出す。
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