インタビューほか

たおやかなる少女のビルドゥングスロマン!
人気SF作家の新境地

「本の話」編集部

『薫香のカナピウム』 (上田早夕里 著)

第32回日本SF大賞を受賞した『華竜の宮』をはじめ、海洋SF巨編とでもいうべき壮大な海の物語で我々を魅了する上田さんの新作は、なんと「森」と少女の物語。赤道直下の熱帯雨林、地上40メートルの位置に広がる林冠部で暮らす少女の目を通して描かれる森の生態系はそれはそれは豊かで、読み進めるうちにいつしか自分も森のなかに響く音や、立ち込める香りに包まれているかのような感覚を覚えます。

初めての本格的な少女主人公

――本作からは、上田さんの自然科学に寄せる深い関心も感じます。

上田 岩波の『科学』という雑誌に、2001年に林冠生態系の記事が載っていて(特集「林冠クレーンが導く熱帯雨林研究の未来」)そこから遡って、井上民二さんという研究者を知りました。この方の著書に『熱帯雨林の生態学―生物多様性の世界を探る―』(八坂書房)という本があって、これがもう、絶版になっているのが本当に惜しい名著です。

――井上さんは日本を代表する林冠生態学者でいらしたとか。

上田 1997年に、熱帯雨林の調査に行く途中で軽飛行機が墜落して、井上さんは49歳で急逝してしまいました。当時の研究界にとって、大変な損失だったのではないかと思います。この本は、一緒に研究していた方々が、井上さんの既発表の論文などをまとめたものです。学術的な価値があるのは勿論のこと、科学者が自然を詳細に観察して記録を作ると、こんなにも詩的で美しい文章になるのかと驚かされます。観察記録そのものが、既にwonderである(未知に対する驚きの感情を喚起する)という世界です。

 アジアの熱帯雨林の独自性について知り、感動しますと、虚構性の強い物語を書く作家としては、やはり、その先が気になってくるわけです。こういう特殊な生態系のなかに、人間が「生物として」入り込む余地はあるのだろうか、あるとしたら、どんな手段を使えば有効になるのか、と。「人間」対「自然」という考え方ではなく、人間を地球に棲息する動物の一種として割り切ったとき、そういう生物が、完全に森林と共生することが有り得るのかどうか、有るとしたらどんな形になるのか、と――。

――そういう世界で生きる人類として、主人公の愛琉(アイル)がいます。主人公が少女であるというのも上田さんには珍しい試みです。

上田 《オーシャンクロニクル・シリーズ》をはじめ、これまでは大人の世界を描くことに力を入れてきたので、結果的に、思春期の子どもを描く機会がありませんでした。今回は、全編にわたって少女の視点で統一したので、書いている側としても新鮮な気分を味わいました。これまでは、作中に少女を登場させても、小説としての視点は他に置いていましたが、今回は少女の視点が物語の動きと完全に一致しています。たとえば、愛琉は科学知識を持っているわけではないので、未知のものに触れたとき「外見」や「肌触り」だけで表現して、物体そのものの固有名詞では書かないとか……そういう表現上の配慮が、あちこちにあります。また、本作は生物の多様性を描いた作品なので、「何か正しい価値観がひとつだけあって、その他は全部間違いだ」というような書き方はしませんでした。たくさんの立場や視点が存在するなかから、愛琉というひとりの女の子の視点を抽出したという感じです。長編作品でこういう描き方をしたのは初めてで、そういうところも楽しんで頂ければ幸いです。

装画◎鈴木康士

薫香のカナピウム
上田早夕里・著

定価:本体1,500円+税 発売日:2015年02月09日

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