書評

ややゆがんだ一文になってしまったのには、理由がある。

文: 井上 章一 (風俗史家)

『さらば東京タワー』 (東海林さだお 著)

 無難に見えるやりとりだが、潜在的には破綻の可能性もひそんでいた。そう想って読みすすめば、ウエルメイドなこの対談でも、読書のスリルがあじわえる。誤読かもしれないが、私はその可能性に想いをはせつつ、これをたのしんだ。

 私見だが、「キャスター付きのバッグ」を愛用する女性にも、すばらしい人はいる。チャーミングな人も、いなくはない。そういう人とであった時、著者はどう対応するのだろう。心を鬼にして、自堕落な馬鹿面はいやだと、意地をはりとおすのか。小林との対談では、そこを浮きぼりにしてほしかったなと、私は思っている。

 いや、ひょっとしたら、著者は「キャスター」の意味がわからなかったのかもしれない。じっさい、「鞄の哀れ」にも、「底に車がついて……引きずって使う鞄」と、ある。「キャスター」という言葉は、一度もつかっていない。なじみのない言葉だったから、対談では聞きすごしてしまったのだろうか。

 もし、そうであるのなら、波乱の気配を感じとった私が、まちがっていたことになる。しかし、「キャスター」というカタカナがわからないというのも、失礼な想像である。私としては、対談の背後にさざ波を想いうかべ、ふたりのやりとりをあじわいたい。

 キャスターとかかわることどもについては、まだまだほりさげたいところもある。しかし、気がついたら、これだけであたえられた紙幅を、半分ぐらいつかってしまった。ひとつのことにこだわりぬく著者の書きっぷりが、私にものりうつったようである。未練はあるが、この問題はほどほどにしておこう。

 全体をとおして感じたのだが、著者には、けっこう雄々しいところがある。

 たとえば、自分に部下ができたらどうするかを論じたところへ、目をむけてみよう。著者は「舐(な)められてはいけない」と、まず自分に言いきかせるらしい。有能な上司であることより、「ただひたすら舐められないことを最優先に考える」という(二四頁)。

 少々部下にからかわれてもいい、したしまれる上司でありたい。そう考える私なんかとは、心のかまえようがちがっている。蒸気機関車のような人柄を良しとするところからも、そのマッチョぶりはうかがえる。

 ただ、この男らしさには、傷つきやすさの裏がえしめいた一面も、ありそうだ。

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さらば東京タワー
東海林さだお・著

定価:本体550円+税 発売日:2016年01月04日

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